トヨタでは「人間尊重」ではなく「人間性尊重」という言い方をします。
「人間尊重」とは人間を大事にするということですが、「人間性尊重」というのは人間の考える力を大事にするということ。トヨタは非常に言葉にこだわる特異な会社であり、言葉によって過去の苦い経験をきちんと次世代に受け継いできたのです。
トヨタは社員ほか協力会社に対しても「共存共栄」を重視しています。それには次のような言葉があります。
「安く買うな、安く売れるようにしろ」。例えば、協力会社に対し「毎年何%か安くしろ」と迫ったとしても簡単ではなく、本当にやろうと思ったら人を減らしたり、何か無理をしたりしなければなりません。しかし、それではダメだということで、トヨタマンを協力会社の工場に出向のように派遣して、そこで生産改革をして安くつくれるように指導することをやってきました。トヨタ式はトヨタだけではできません。協力会社もすべて巻き込まなければできないことなのです。
改善はいつやるのがベストか?
トヨタの改善は今あるものを「よりよく」変えていくだけでなく、大きな課題を掲げて一気に変えていく改善も含みます。それを象徴するのが、「常に時流に先んずべし」という言葉です。その代表的なものが世界初のハイブリッドカー「プリウス」であり、世界初の燃料電池車「MIRAI」になります。こうした世界をリードする技術をGМやVWのように「お金で買う」のではなく、「自前で育てる」というのがトヨタの流儀です。佐吉には「沈鬱遅鈍」という言葉があります。この言葉は、世の中に商品として出すためには、事前に万全の準備・研究をしなければ出してはならないということを表しています。トヨタは決まるまでが長く、決まれば動きは速いとよく言われます。これは「早く気づいて、十分な時間をかけて検討し、ライバルよりも速く出せ」という考えがあるからなのです。
しかも「改善は景気のいいときにやれ」という言い方をします。普通なら景気がいいときは改善したくないはず。でも、トヨタは現状維持を極端に嫌うんです。景気がいいからこそ、失敗してもやり直せる。何があってもお金に余裕がある。だから、反対も少ないということなのです。
トヨタはムダを嫌いますが、ケチではありません。だから、「経費を削減しろ」とは言いません。「経費を改善しろ」という言い方をします(笑)。だから、トヨタの人がある会社に行って再建を任されたときに人を切ることはしない。
こうした考え方を非常にうまくトヨタ式に組み込んだのが、大野耐一です。大野は紡績出身ですから、佐吉の影響を非常に受けています。敗戦後に喜一郎は3年でアメリカに追いつけと言いました。でも、当時日本とアメリカの生産性は9倍も違った。そこで普通なら日本人は9倍働くとなるのですが、大野は「9倍差があるということは、日本には9倍のムダがある」という発想をした。アメリカと同じような給料が払えるようにするにはムダを省くしかない。9倍のムダと読み替えたところが大野のすごさです。それはおそらく誰にもなかった発想でしょう。