自分が死ぬ話をされて愉快に思う人はいない。しかし、遺言書を残してもらうということが、残されたものにとってどれだけありがたいことかご存じだろうか。
このままでは面倒なことになる……
埼玉県に住む井上雅之さん(44歳、仮名)の一番の心配事は、親の遺言書のことだ。井上さんが遺言書について意識し始めたのは、昨年の夏。自身が大病を患ったのがきっかけだった。
「健康診断で初期の胃がんが見つかったんです。幸い、腹腔鏡下手術で摘出でき、すぐ職場復帰もできました。ただ、初めて、自分にもいつか死ぬ日がくると思わされました」
井上さんは、2歳下で共働きの妻、中学生になったばかりの息子がいる。もし自分が死んだら……。付き合いのある営業にすすめられるままに入っていた生命保険を見直したのと、遺産をどうするかまでチラリと頭をよぎった。
そして考えたのが、親のことだった。
同じ埼玉県内に住む両親とは関係も良好で、頻繁にやり取りをしていた。ただ、死後のことについては漠然と、何気なく話す程度だった。
「普通に考えると、親は自分よりも早く死ぬ。77歳になる父はまだ元気ですが、75歳になる母に、認知症の兆候が出てきた。もし父が先に亡くなったらと考えると……。大した財産ではないですが、認知症が進んだ母が相続人になったとき、面倒なことになると思ったんです」(井上さん)
親が遺言書を残さずに他界した場合、遺族の負担は非常に大きい。相続の手順について見てみると、
・故人の財布や預金通帳、クレジットカード、金庫などを調べて財産・負債をすべて明らかにし、財産目録を作る。
・故人の一生分の戸籍謄本と、相続人の戸籍謄本、住民票、印鑑証明書、不動産の登記簿謄本などの書類を集めて相続人関係図を作る。
・相続人全員で話し合い、遺産分割協議書を作る。
・遺産分割協議書と上記書類をもとに、預貯金や不動産の名義変更をする。
というステップが必要になる。話し合いのたびに集まったり、戸籍や書類の申請のたびに当該の役所に行ったり、相続人の同意書を揃えたりする必要も生まれる。遠方に住んでいれば交通費など諸経費や、とられる時間は膨大だ。
そこで、遺言書で財産の分け方と遺言執行者を指定しておけば、毎回全員が集まらなくても原則、執行者のみで手続きを進められ手間が簡略化できる。井上さんも父親に遺言書を書いてもらおう、と考えた。ただ、いざとなるとなかなか切り出しづらい。