お金持ちが意思決定の時間を作る方法

さて、話を本論に戻そう。一般的な政治家に政策秘書が、大企業の社長には秘書がいるように、富裕層にも官房長官のような役割を果たす人がいる。その昔は金庫番と言われたこともあっただろうし(実際ホンダ創業者は通帳とハンコをまさに金庫番に預けていたとの話もある)、「じい」と娘さんがよぶ、イギリスのバトラーのような役割、日本語でいうと番頭さんというのがしっくりくるが、そのような人が必ずいるのだ。

その番頭さんは雇い主である富裕層個人よりも広範なネットワークを持っている。しかもそれを雇い主はよく知っている。だから彼だけにある相談をし、彼がさまざまな情報源から解決策を見つけて、雇い主に選択肢をいくつか情報提供する。その間雇い主は人づきあいに妙に悩むこともなく、意思決定に向かう自分自身を整えるために自分の時間を使っている。つまり富裕層は「1:n」の関係を特に求めてはおらず、「1:1:n」の構造で十分だ、と本質的に考えているのだ。

都市伝説のような話として「富裕層は友達が少ない」という話があるが、これは間違っている。「1:1:nの構造で十分だと考えている」が正しいのだ。「富裕層へのアプローチはとても難しい」という話や「富裕層向け会員制ビジネスがうまくいかない」というような類の話はほぼすべて、この傾向を読み取れていないことに起因する。不適切な表現かもしれないが、お金持ちは、無用な人脈はなくてもいいと思っているのだ。本当の人脈は1人でいいと思っているとさえ言えるくらいなのだ。年齢が若いうちはまだしも、年をとればとるほどこの傾向は強固なものになっていく、というのが私の偽らざる実感だ。

部下は官房長官にふさわしいか?

さて、ビジネスマンはこの傾向をどのように参考にしたらいいだろう。実はこの手の「絞る」とか「捨てる」という発想は、戦略の要諦として広くビジネス上言われていることとなんら変わりがない。ビジネスマンは会食などに励んで「1:n」の関係を自分で作ろうとしがちだ。しかし富裕層が実行していることは「1:1:n」であることを忘れてはならないだろう。

CEOにCOOが、部長に部長代理がいることが多い。「仕事を部下に任せる」というのは本来は自分の人脈であるところのものを部下に差配し、部下に情報を集めさせ、選択肢を情報提供させる環境を作り出すこと、ということにならないだろうか。

「自分の部下が官房長官としてふさわしいかどうか」という視点を、この富裕層の特徴から学ぶことは非常に「戦略的」だと思うのだがどうだろうか。

増渕達也
ルート・アンド・パートナーズ代表取締役。 1992年東京大学卒業後株式会社電通入社、2002年富裕層向け雑誌の草分けであるセブンシーズを発行する株式会社セブンシーズ・アンド・カンパニー代表取締役に就任。2006年富裕層向けライフスタイルマネジメントサービスを手掛ける株式会社ルート・アンド・パートナーズ(http://www.rpartners.jp)設立、現在に至る。2013年にはシンガポールに進出。日本、アジアを中心に富裕層ビジネスを手掛け、富裕層マーケティングに関する造詣が深い。HighNetWorth Magazine編集長、富裕層マーケティング研究会も主宰。
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