しかしながら、「ものづくりの能力構築戦略」という筆者の観点から見ると、現在、世界の自動車企業が使っている欧米のパッケージCADは、基本的には欧米企業に偏在する「分業型ものづくり組織能力」を前提に開発された「分業型CAD」であるように見える。つまり、日本企業の「統合型ものづくり組織能力」と、欧米製の「分業型CAD」の間の相性が、必ずしも良くないのではないか、との懸念が残る(図)。
第1に、こうした「分業型CAD」は、個々の設計者が、完璧な設計情報を後工程に伝える機能においては優れているが、開発早期における設計者間の柔軟な設計調整・設計変更への対応能力は重視されない傾向がある。つまり、分業型CADは、設計者個々人の完璧主義とは整合的だが、協調(コラボレーション)環境で動く設計者間のチームワークとは必ずしも相性が良くない。
第2に「分業型CAD」は、設計者(設計を構想するエンジニア)と作図者(詳細な設計図面を描くオペレータ)が明確に分業する欧米的な分業組織を出自としており、したがって、CADを操作するのはオペレータのみで、エンジニアはCADには直接触らない、という暗黙の了解の上に成り立っている。つまり、エンジニアもオペレータも一緒になってチームで設計する「統合型開発の組織能力」に合ったソフトになっていない。専門の訓練を受けたオペレータしか操作できない、エンジニアが気軽に使えないCADである傾向が大である。
第3に「分業型CAD」は、個々のオペレータが他者から干渉されず「おのおののCAD画面に没入」するような仕事ぶりを想定しており、統合型製品開発の基礎となる「皆で見える化」(チームメンバー相互の作業可視化)による共同問題解決(コラボレーション)を支援しない。確かに、設計情報が3次元化したことで、個々の部品の設計者と生産・購買・販売担当者間のコミュニケーションは促進されたが、隣同士の部品の設計者間、オペレータ間の意思疎通は、意外に良くなっていない可能性がある。
第4に、「分業型CAD」は完璧主義的な形で人工物の形状を表現しようとするため、データが必要以上に複雑化し、異なる汎用ソフト間のデータ変換が難しくなる傾向がある。つまり、設計データ変換の不具合を嫌うユーザー企業は、結果的に特定のCADベンダーに囲い込まれやすい。特定のベンダーに偏らぬ中間ファイル(STEPなど)を介して異種CAD間のデータ互換性を高める試みもあるが、囲い込み戦略をとる欧米のCADベンダーは、当然ながらそれに熱心ではない。