調べてみると、生活保護を受給するための条件は思った以上にシンプルだった。国が定める「最低生活費(生活するために最低限必要な費用)」より世帯の収入が低ければ、その差額が生活保護費として支給される。収入がなければ、最低生活費と同額が支給される。

さらに、援助してくれる身内・親類がいないこと。現金はもちろん、家や車などの資産を持っていないこと。病気やケガ、年齢などによって働けないことも重要になってくる。

私の場合、60歳になればまず間違いなく収入はゼロになる。この先私が営業しなければ、今だってほとんどない仕事は必ずゼロになるからだ。妻はもともと働いていないから、今さら働けとは言われないだろう。体調面から考えても、私の鬱状態が悪化すれば、確実に働けなくなる。そして、繰り上げ受給でもらえる数万円の年金額は、もちろん最低生活費に満たない。

次に家族の援助だが、これは義務ではないようだ。つまり、家族に一応「援助してもらえますか?」と聞いてみて、断られればいいだけなのである。そもそも、年老いた両親に私を援助する余裕はない。仲の悪い兄に至っては相談にすら乗ってもらえないだろう。

問題なのは、なけなしの中古マンションと現金だ。これがある限り、私が生活保護を受けることはできない。「すべて使い切ってから来てください」というわけだ。

それなら、使い切ってやろうじゃないか。

その日から、私の生活は180度変わった。

まず私がしたのは、マンションを担保に借りられるだけの金を借りることだった。マンションを売ることも考えたが、私が住む東京都C区は生活保護受給者が少ないことで有名だ。聞くところによれば、受給者の数が少ないほど受給の難易度は下がるらしい。それならば、ここに住み続けるのが得策だと考えたのだ。

次にしたのが豪遊だ。働くことを完全にやめ、生命保険や株なども解約してすべて現金に換えた。フランス、スペイン、イタリア、アメリカ、ギリシャ……行きたかった国という国を旅してまわった。妻のことも誘ってみたが、「馬鹿なこと言わないで」と怒るばかりだ。どんなに説明しても、自業自得で生活保護が受けられるはずがないと言って信じない。

私は1人、毎晩のようにうまい料理を食べ、夜の街に繰り出した。

「内田さんって社長さんなの? お金持ちなんだねー」

娘ほど年の違うキャバ嬢は、高級なシャンパンをあける私を前にご機嫌だ。私がプレゼントしたブランド物のネックレスを身につけ、いつにも増して体を寄せてくる。まさかこの金が生活保護を前提に使われているとは思ってもいないのだろう。

「内田さん、アフターはどこ行く?」
「どうするかな」

今夜こそ、この女を落とせるかもしれない。私はニヤつきながらキャバ嬢の膝に手を置き、酒を飲んだ。

翌朝、家に帰ると家はもぬけの殻だった。妻は私の計画に心底呆れ果て、離婚届を残して出て行ったのだ。

離婚によって、私の資産は一気に半分になった。