貯金ゼロ、借金アリ、それでもダメな理由
不安になり、時々心療内科のお世話になることもあるにはあったが、この1年間はおおむね祭りのように楽しかった。離婚という誤算はあったが、仕方ない。でも、やりたいことはすべてやった。
そして今日、私は区内の福祉事務所にやってきた。貯金は全額使い切り、区内で自宅とは別にアパートを借りた。借金を相殺するために、家を失うことになると予想したからだ。貯金残高は10万円程度を残すのみ。もちろん、収入はない。どこからどう見ても明日の暮らしにも困る状態だ。
日本国憲法25条には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とある。こういう言い方もおかしいが、今の私なら自信を持って生活保護の申請ができる。
しかし、この考えは間違っていた。
「生活保護を受けたいんですけど」
受付でそう伝えると、私より少し年下だろうか。中年の女性職員が応対してくれた。「こちらにどうぞ」。
「生活に困ってるんです」
「わかりました。今、収入はどれくらいありますか?」
「まったくありません」
「まったくない? 働いていないってことですか?」
「小さな広告代理店をやってたんですが、仕事がなくて」
女性職員は小さくため息をつき、何事かを手元のノートに書き込んでいる。
「収入も職もない、と。それでは、資産は何かお持ちですか? 家とか車とか。もしあれば高級時計なんかも」
「家はありますが、借金があるのでそれを返すために売ることになると思います。それで今、区内のアパートに住んでいます」
「アパートの家賃はいくらですか?」
「15万円です」
「わかりました。貯金はありますか?」
「10万円ちょっとですね」
「あら、それくらいはあるんですね。年金はどうですか?」
「国民年金なので、繰り上げ受給すると4万~5万円になるかどうか……」
「手続きはまだなんですね。ご家族には援助を頼まれました?」
「両親は高齢で年金暮らしですし、妻とは離婚しています。兄ともほとんど連絡を取っていない状態で」
女性職員は「なるほどね」というようにノートを眺め、私に向き直った。私としては、このまま即受給できるくらいのつもりだったが、彼女の言い分は違っていた。
「それではまず、年金の繰り上げ受給の申請を行ってください。そして、ご家族にも一度お願いしてください。まだ貯金もあるようですから、対策を取られて、借金の問題をクリアにしてから改めてお越しください」