シャープには従来の手法は通用しない

「奇美電子の例と比較しても、シャープへの買収はかなり強引になされた印象です」

そう分析するのは、2016年3月に著書『覇者・鴻海の経営と戦略』を発表した熊本学園大学の喬晋建教授だ。今後のホンハイによるシャープの舵取りは、相当な不安含みであると話す。

「過去、ホンハイの先進国における大規模なM&Aは、03年のフィンランドのイーモの買収のみ。しかし、労務管理の難しさに手を焼いて間もなく売却し、その後のテリー氏は欧州などの先進国ではM&Aを控えるようになりました」

喬教授は、従来のテリーの成功体験について、中国の安価な労働力や現地の共産党政府との結びつきといった、「途上国モデル」に支えられてきた側面も大きいと指摘する。

「日本でこうしたモデルは通用しません。人件費は高く、政府の支援もない。しかも従来の受託加工ではなく、シャープのブランドを用いたBtoCのビジネスに一から参入する。テリー氏自身、成功を確信できていないでしょう」

2016年6月18日、モニター調査で日本の消費者の3割がシャープ製品を「買わない」と答えたと報じられた。テリーの強引な姿勢と、買収決定後に見せた冷淡さが、日本での消費者イメージを悪化させているのは明らかだ。

「テリー氏は天才かもしれません。今回のシャープ買収も、偉大な皇帝が大きな領土を切り取ったように思っているかもしれない。しかし、過去には無謀な遠征に敗れて、帝国を失ったナポレオンの例もあります。今回のシャープ買収がテリー氏にとっての『モスクワ遠征』にならないといいのですが」

ホンハイによるシャープへの出資は、10月5日までには完了する予定だ。出資完了後、シャープ社長にはテリーの右腕の戴正呉が就任、取締役の3分の2はホンハイの指名となる。まだ波乱の予兆にすぎない。(文中敬称略)