「自分にとってのホンダはワクワクするような価値を提供する会社です。私が入社したころはその価値が少し薄れているようにも感じたので、もっと出していきたいと思ったんです」

コンペに参加した当時、21歳だった椋本氏は振り返る。だが実は、最初はもう少し技術寄りの資料をつくっていた。

「同僚のおじさんが私の提案書をのぞいて『つまんないね』と言ったんです。どこがつまんないかを聞くと、『若くない』と。なんだ若い感じでいいんだ! かしこまる必要はないんだと思いました」

同僚につぶやかれたひと言で、椋本氏は「なんで、このクルマをつくりたいんだっけ」と原点に返って、想いを最大限表現する資料をつくることにした。

原点に立ち戻ると、自分が軽のスポーツカーをつくりたい理由がはっきり見えた。

「ホンダにはS2000というスポーツカーもありますが、スペックも価格も高くて手が出ない。もう少し手の届きやすいスポーツカーがほしいなと思っていました」

小さなサイズで、維持費も安い。サーキットで走るクルマではなく、交差点を曲がるだけでも楽しい日常ユースのスポーツカー。バイクの世界で言えば、ホンダが販売する小型の原動機付き自転車のスーパーカブやモンキーの設計思想に近い。

開発する前にチームのメンバーで十数台のクルマに乗り、どのクルマが乗っていて楽しいかを議論した。そこで辿り着いたのが「交差点を曲がるだけで楽しい」というコンセプトだった。

「せっかくスポーツカーをつくるなら本格的なものを、という議論もあったんです。でも、開発チームとしては一貫して軽にこだわりました」

コンセプトを共有する際、その表現方法にもこだわった。たとえば、「交差点を曲がるだけで楽しい」車を実現するにあたって、椋本氏は開発の考え方を次のように表現し、メンバーに伝えた。鋭くスーとコーナーに入り、ピタッとしっかりと路面に吸い付くように曲がり、グッと踏ん張って、最後はガツンと立ち上がる――。

「できるだけ数字を使わないよう意識しました。数値データからクルマを運転する姿を想像することは難しい。スー、ピタ、グッ、ガツンのほうが、ステアリング屋さんもタイヤ屋さんも、理解しやすいと思ったんです」