人工知能が普及すると人間はダメになるか?

自動車の自動運転については、世の中に一つのメーカーしかないという前提であれば、事故はほぼ起きないところまできています。しかし、現実には複数のメーカーがあり、共存する中での安全性をどう探るかは難しい問題です。

また、人工知能による自動運転車は「ミスをしてはいけない」という強烈な制約があるから超安全運転にならざるをえません。その制約のせいで、たとえば、人工知能が運転する車に人間が運転する車がぶつかるといった事態は十分に考えられるわけです。

ただ、スラン氏が言うように、要求に応じた無人運転車を利用できるようになれば、たしかに道路や駐車場といった資源を有効に活用できるようになります。人工知能が上手に道を選んで運転するようになるといらない道路が浮き彫りになり、狭い東京の地面も、もっと有効利用できるようになるでしょう。

問題となるのは、人間が人工知能のミスに対しどれだけ寛容になれるかということです。人間社会でも、ある分野において一流と呼ばれるようになるには、その分野におけるありとあらゆる失敗が欠かせません。失敗は改善点を見いだす効果的な学習機会だからです。しかし、もし人工知能が死亡事故を起こしたら? 仮に人間が運転するより事故の確率が10分の1になっていたとしても、「人工知能なんてけしからん!」などと、世間の風当たりが強くなるかもしれません。

ところで、最近になってわかったことがあります。それは、古典的な人工知能でも教育の仕方によっては、手書き文字を判別し、文字を書けるようになるばかりか、新しい文字を創造することすらできるようになるということ。つまり、まるでディープラーニングのような能力を発揮できるのです。

人工知能を備えた家電などが普及すると、やることがなくなり、腑抜けになる人間が出てくるのではないか、と危惧する人もいるかもしれません。しかし、人間を含む多くの動物は、基本的に動くことを好みます。たとえば、マウスを使った実験。皿に入れた餌と、レバーを押したら出てくる餌、両方を与えると、レバーの餌を選ぶマウスのほうが多かったのです。便利な家電を使うことで時間ができたら、人間はその時間でほかの何かをやろうとするのです。私は、そんな未来を楽観的にとらえていいと思いますよ。

池谷裕二
東京大学薬学部教授。薬学博士。脳がどのように脳自身を変化させるかについて探求を続ける、脳研究者。『海馬-脳は疲れない』『脳には妙なクセがある』など著書多数。最新刊に『自分では気づかない、ココロの盲点 完全版』。