4冊目はミルグラムの『服従の心理』です。ミルグラムは社会において、権威のある人から命令が発せられた場合、服従するか反抗するかしかないが、基本的には服従する人が多いと主張します。その証明のために「擬似電気ショック発生器」を使った実験を行いました。開始されたのは1961年。ナチスドイツによるユダヤ人虐殺の責任者アドルフ・アイヒマンの裁判が始まった年です。「アイヒマン実験」とも呼ばれるこの実験で、ミルグラムは被験者に対し、「間違えたときに罰を与えることで記憶が促進するかの実験をします。隣の部屋で勉強している人が間違えたら、罰として電気ショックを与えてほしい」と告げます。実際には生徒役に電気は流れていないので、苦しんでいるふりをしているだけです。電気ショックは軽い痛みを感じる30ボルトから感電死する450ボルトまでの30段階を用意し、間違えるたびにショックの強さを上げるよう要求しました。

▽上司の指示が理不尽だったとき
『服従の心理』
河出書房新社/スタンレー・ミルグラム
心理学史上に燦然と輝く名実験、アイヒマン実験についての報告。人間は組織の命令であれば、どんな残酷なことができるのかを問う。
 

この実験に入る前、ミルグラムは「被験者は良心に基づき、弱い電気ショックしか与えられないだろう」という予測を立てていました。ところが、実験は驚くべき結果をもたらしたのです。

強い電気ショックを与えても隣の部屋で勉強している人の声が聞こえない、という条件のもとで実験を行ったときには、なんと被験者40人のうち26人が致死量の電気ショックを与えたのです。勉強している人の姿が見えるという条件下で行っても、被験者は電気ショックを弱くすることはあっても結局は与えるという結果に。そうして、ミルグラムは実験全体を通じて、人は「非人間的な命令に対して服従する」という結論を出すに至ったのです。

社会構造のひとつである会社という組織においても、良心や道徳よりも服従が基本的要素であり、誰もが悪人になる可能性がある。本書でそれを読み取るだけでも、組織運営の心構えは違ってくるはずです。

最も読んでほしいのは『夜と霧』

最後の1冊は、フランクルの『夜と霧』です。著者が精神科医であり、ナチスの強制収容所での体験談を書いたものなので、純粋に心理学の本と考えない人もいますが、私はこれこそがビジネスマンに読んでほしい心理学の名著中の名著だと思います。

▽自分の価値を再考する
『夜と霧』
みすず書房/ヴィクトール・E・フランクル
ナチスの強制収容所から生還し、その体験を後世に伝えた心理学者フランクルの名著。「私にしかできない何か」を考えさせられる。
 

フランクルは収容される前からウィーンで精神医療に従事しており、患者が生きる意味を見出す手助けをし、心の病を癒やす心理療法「ロゴセラピー」を考案していたと思われます。

強制収容所では希望と絶望が交錯していました。「次のクリスマスには解放される」という噂が流れ、実現しないとわかると失望のあまり自ら死を選ぶ人も出てくる。一方で、どんな状況でも楽しみを発見しようとする人がいるとフランクルは気づきます。その経験を通じて、どんなときでも人生に意味を見出そうとすることが生きるうえでは重要だという思いに至るのです。

フランクルは「自分の人生は何のためにあるのか」という問いは答えが見つからなければ絶望するだけだといい、代わりに「自分が生かされているのは、私にしかできないことがあるのではないか」と問うべきだと論じます。

フランクルのように問いかけ方を変えれば、現代のストレス社会もずいぶんと生きやすさが変わっていくのではないでしょうか。

立命館大学教授 サトウタツヤ
1962年生まれ。東京都立大学人文学部卒業。立命館大学助教授などを経て、2006年より現職。16年4月より総合心理学部で教鞭をとる。専門は応用社会心理学と心理学史。著書に『心理学の名著30』など。
(構成=Top Communication)
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