野党を巻き込んだ「お試し改憲」は可能か
【塩田】参院選を約4カ月後に控えた今の時期に衆参同日選の話が自民党の幹部や政権の中からも出てくるのは、憲法改正に強い意欲を持つ安倍首相が、改憲案の国会発議に必要な衆参の総議員の3分の2を確保するためには、同日選に打って出て勝利するしかないと考えているからでは、という見方が根強くあります。
【谷垣】憲法改正については、いくつかの要因があります。おそらく安倍さんも同じような感覚を持っていると思いますが、私の基本的な見方は、要するに明治憲法の改正条項で現在の憲法をつくったのが唯一の例外で、日本は明治以来、一度も改憲を経験したことがなく、ほとんど初心者と考えるべきです。加えて、改正条項は世界中の硬性憲法の中でもかなり硬性度の高い憲法で、改憲は相当難しい。仮に国会で発議できても、国民投票で否決されてしまう可能性があります。今までやったことがないから、1回やったら、失敗してしまったということになると、後は簡単ではないと私は思います。
ですから、「お試し改憲」と揶揄されますけど、最初は少なくとも野党第一党を巻き込んでやるべきだと私は思っています。現行憲法は成立から70年も経つと、足りないというか、ここはちょっとどうかというところはないわけではない。一方、日本の政治の中で相当、価値観が対立するような条項について改正を行わなければならない局面も、いつか来るかもしれません。だけど、最初からそこでぶつかるのは賢明ではないと思います。
衆参で3分の2の多数を、と唱えることは、それは「多々益々弁ず」です。選挙でできるだけ多数派をつくっていこうというのは政党として当然の本能ですが、すぐに改憲戦略に結びつけるのは、一足飛びでありすぎると私は思うんです。
【塩田】「野党第一党を巻き込む」と言っても、今の民進党は乗ってこないのでは。
【谷垣】私は岡田さんに「やはり70年も経てば、ここは少しいじったほうがいいのではというところが、お互い、あるでしょう。認識を共有できるそういうところはやりましょうよ」と言ったんです。国会での議論ではなく、別の席でそう言ったら、「安倍さんとは立憲主義に対する考え方が違うから、その政権の下でそんなことはできません」というのが岡田さんの答えでした。岡田さんは国会でも同じことを言っています。それで、安倍さんは、それじゃあ今度はおおさか維新の会も入れて3分の2の多数を目指すというような姿勢を見せ始めた。これは岡田さんに対する牽制球という面もあると私は思います。
【塩田】谷垣総裁時代の2012年4月、自民党は「日本国憲法改正草案」と題する全面改正の改憲案を策定しています。改憲では安倍政権もこの案の実現を目指すのですか。
【谷垣】あの案は、自民党が野党になって少し時間のあるとき、憲法をどうするか、議論もしておく必要があるということで、あのときに考えたことです。憲法改正を言うのであれば、どういう改正をするのか、ある程度、絵を持っている必要があります。何も材料がないというわけにもいかないから、一応、ああいうことをやったわけです。
もともと、そうは言っても簡単にはいかないだろうと思っていました。全部、あの案で行くというものでもないし、もう少しブラッシュアップが必要なところもある。改憲が現実的な課題となったときに何をやるかは、野党第一党も巻き込んで、きちんとしなければ、というところから始めるべきで、もう少し確実なステップを踏まなければいけない。
【塩田】それでは現行憲法のどこを改めるべきだとお考えですか。
【谷垣】「読んで字のごとし」でないところがいくつかあります。たとえば第89条です。実際には多くの人が私学助成は必要と思っていて、国民が教育を受けるのは憲法第25条や第26条が要請するところでもありますが、条文には、公の支配に属しない教育に公のお金を入れることはできないと明文で書いてあのます。そうすると、「読んで字のごとし」ではない。第9条になると、対立がありますが、私学助成ではほとんどないと思う。憲法を空洞化させないという意味からも、そういうところは改めていくべきで、そこからステップ・バイ・ステップで進んでいくことが必要と私は思っています。