▼稲盛は、破綻後の社員が落ち込んでいるときあえて語気を強めて応対した。それが結果的に1人の役員のやる気を再点灯させた。だが、同様に破綻に際し自分を全否定された気持ちに陥り、自暴自棄になったり苛立ちを募らせたりして稲盛に反発する社員は多かった。座談会での次のやりとりを聞くだけでも、意識改革の始まりに稲盛側と経営トップとの間には少なからず摩擦・葛藤があったことが伝わってくるのだ。

【専務(京セラ)】そもそも稲盛さんの号令で意識改革が始まったとき、どう思われましたか。多くの改革を同時進行的に進めた10年の最初の半年間は非常に慌ただしかった。改革を実行する役員は大変ご苦労されたと思います。

【常務(1)】最初は稲盛さんや京セラの経営のスタイルが従来のJALとはまるで違うんだなと感じました。

「“異文化”との初接触で、これは宗教? 哲学?」JALエンジニアリング整備訓練グループ長 鈴木秀勝氏

【整備(2)】フィロソフィとは何なのか。なぜ必要なのか。哲学と宗教、その違いを調べてプリントアウトしてあれこれ考えることもありました。正直、社員は意識改革に否定的でした。

▼異文化ゆえの衝突。当初、役員や管理職が素直に稲盛を受け入れる状況ではなかった。会長就任したときの挨拶で、稲盛は役員を前にこう述べていた。「岩をもうがつ強い意志を抱き、格闘技にも勝る燃える闘魂を持って、組織の先頭に立ってください」

熱い思いを、まずは役員が持つことで組織は変わるとの持論だが、あの4月の経営会議で「危機感がない」と激怒した経緯からすると、稲盛の信念が役員の心に届いてはいなかった。