先日、母が経営する飲食店が2号店を出した。今回はその店について述べてみたい。

都内・板橋の某商店街に母が店を開いたのはいまから7年前。きっかけは、パートとして勤めていた居酒屋が給与不払いのまま店を閉めたことだった。当初、母は「公的に補償してくれる制度はないか」と私に相談してきた。しかし、いつの間にか「自分で店をやりたい」という話に切り替わっていた。私が幼い頃から働き続け、接客業の経験が長かった母は、「いつかは自分の店を」という“夢ならぬ”野望を抱いていたのだ。

(高橋晴美=構成 ライヴ・アート=図版作成 )