先日、母が経営する飲食店が2号店を出した。今回はその店について述べてみたい。

都内・板橋の某商店街に母が店を開いたのはいまから7年前。きっかけは、パートとして勤めていた居酒屋が給与不払いのまま店を閉めたことだった。当初、母は「公的に補償してくれる制度はないか」と私に相談してきた。しかし、いつの間にか「自分で店をやりたい」という話に切り替わっていた。私が幼い頃から働き続け、接客業の経験が長かった母は、「いつかは自分の店を」という“夢ならぬ”野望を抱いていたのだ。

職を失ったとき、母は60歳。長年温めてきたマグマのような思いを噴出させたからなのか、すぐに借りられる店舗を自分で探してきた。でも、見事なバラック建てで、カウンターを挟んでわずかな数席に、控え室があるだけの小さな店。とりあえず朝は蕎麦、昼は加えて定食のランチも供する店としてスタートした。

(高橋晴美=構成 ライヴ・アート=図版作成 )