いまやツイッターのフォロワー数33万人。世界陸上のメダリストで、ベストセラー『諦める力』の著者、為末大さんが、世界の問題から身近な問題まで、「納得できない!」「許せない!」「諦められない!」問題に答えます。(お悩みの募集は締め切りました)。
お悩みファイル17■部下に厳しすぎる自分を変えたい
高校時代に野球部に所属していました。そのときの監督が「教育とは脅しだ!」とまで言う鬼監督で、練習中での体罰も酷いものがありました。しかし今ここまで色々な逆境を乗り越えられたのは、そのときの経験があったからとも感じています。厳しかったこの高校時代の経験をこのように肯定しているためか、部下にも厳しく接してしまいます。「そこがダメなんだ!」「そこを直せ!」と指摘してばかりで、部下の心を傷つけていることもあると感じます。もちろん各社員の力量を把握したうえで設定したハードルを達成できたときは褒めますが、基本的に誉めれば油断すると思っているので、かんたんには褒めません。そういった自分を改善したい気持ちもあり、実際努力もしたのですが、自分を否定してしまうような気もしますし、具体的に何をどうすればいいのかわかりません。「常に現状からプラス1を目指せ」というのが私の持論です。こういった自分に対して、自分らしさを失うことなく改善できる方法がないものでしょうか?(男性・会社員・45歳)

「常に現状からプラス1を目指せ」というのが持論、というのは厳しいけれど、45歳で管理職なら会社にとってはそれくらいやってくれたほうがありがたいと思います。ただ、部下がついてこないとなると、問題です。うまくガス抜きできる人を近くに配置するのが理想ではないでしょうか。「まあまあ、そこまでいわなくても」「少しずつだけど成長しているよ」といった感じでフォローしてくれる人がいれば、部下が厳しい父と優しい母のあいだで勝手にバランスをとってくれるんじゃないでしょうか。母親役はべつに女性でも男性でもいいのですが、要は、1人で両方やるのは大変だということです。いつも厳しい人が急に優しくなったりすると部下も混乱すると思いますし。

ご本人は体験として「厳しさ」によって引き出されるものがあることを知っているわけですが、それをそのままやってしまうとハラスメントになりかねない。部下のためを思えば厳しくしたほうがいいと思いながらも、自分を抑えている状態だから、自分が否定されるような苦しさがあるのだと思います。そういうことでいえば、この方に「叱らなかったのに部下が伸びた」という一種の成功体験があれば変われるかもしれません。

あるいはもっとも成果を出した方法に自分自身を適応させていくという考え方もあります。先生と生徒の関係と、上司と部下の関係は別物です。先生は生徒を人間的に成長させるという役割がありますが、上司は部下の人間的成長云々よりも、部署全体の業績を上げられることが求められます。与えられたKPIに対してどうやって最大の効果を出すのか。そこを基準に自分のやり方を変えてみると、少なくとも「自分を否定された気持ち」からは逃れられるのではないでしょうか。

変な言い方ですが、僕は「成長したくない人の自由」もあるように思います。「この人はこのぐらいの成果を出すだろう」ということでお給料が決まっているのだとしたら、そのお給料以上でも以下でもない仕事をした人に、会社は「さらなる成長」を迫ることができるのでしょうか。本人がより高い報酬や地位を得たいなら、言われなくても成長を目指すのでしょうが、自分はこの程度でいいやと思う人もいるでしょう。成長することは誰にとっても幸せなことで、ゼロを1にすることは常に善、とは言い切れないのです。

これから人工知能が職場に入り込んでくると、労働の対価が時間で決まるような仕事はどんどん減っていくとい思います。会社に来ても来なくてもいいけれど、成果物のクオリティは求められる。そうなったときのマネジメントのスタイルというのは「厳しく言って育てるか」「褒めて育てるか」といった単純な問題ではなくなると思います。

為末 大(ためすえ・だい)
1978年広島県生まれ。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2014年10月現在)。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダル。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。2003年、プロに転向。2012年、25年間の現役生活から引退。現在は、一般社団法人アスリート・ソサエティ(2010年設立)、為末大学(2012年開講)、Xiborg(2014年設立)などを通じ、スポーツ、社会、教育、研究に関する活動を幅広く行っている。
http://tamesue.jp
(撮影=鈴木愛子)
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