「アドラー心理学」に注目が集まっている。ユング、フロイトと並ぶ心理学の巨匠の教えに「職場の困った人」への対処法を、アドラー心理学のプロがすべて解決。「診断書&処方箋」付きです。

人を褒めてはいけない理由

「すぐに他人を攻撃する人」との正しい付き合い方を考える前に、まずは、こんな質問をしてみよう。

Q. あなたの部下が、ある困難なプロジェクトを大過なく完遂した。部下を成長させたいと願っているあなたは、この部下に対してどのような言葉をかけるべきだと思うか?

(1)よくやったぞ。おまえはえらい。
(2)組織のために貢献してくれてありがとう。感謝するよ。

一般的に、人を育てるには「褒める」ことが有効だと考えられている。誰でも褒められれば嬉しいから、1度褒められると、また褒められようと努力をするようになる。それこそ、人間の成長にほかならない……。

これは、人材育成のいわば「常識」だから、読者の多くは(1)を選択したのではないだろうか。ところがアドラー心理学では、「褒める」ことを徹底的に否定する。それどころか「叱る」ことも、そして「教える」ことさえいけないという。なぜ、人を褒めてはいけないのか。

理由は、「褒めることは相手の自律心を阻害し、褒められることに依存する人間をつくり出してしまうことになるから」だとアドラーは言う。「もう一度褒められたい」と願うことは、すなわち褒められることへの依存であり、褒められることばかりやろうとする姿は自律性を欠いた状態にほかならない。裏返していえば、人を褒めるという行為は、相手の自律性を奪って、コントロールしやすい都合のいい人間に仕立てようとしている行為だということになる。したがって、アドラー式に考えれば、正解は(2)ということになる。

アドラー心理学では、人を育てるには「上から評価して褒める」のではなく、「横から勇気づける」ことが有効だと考える。褒めることの正体は依存心を育て自律性を奪うという意味で「勇気くじき」にほかならないわけだが、では、人はどんなときに最も勇気が湧くかといえば、組織や共同体への貢献を「横から感謝された」ときである。こうした感謝を何度も受け取ることによってのみ、人間は自律的に成長していく勇気を獲得することができるとアドラーは言う。アドラーが賞罰教育=アメとムチの教育を徹底的に否定した理由は、ここにあるのだ。