映画監督
原田眞人さん

1949年、静岡県生まれ。79年、『さらば映画の友よ』で監督デビュー。その後『クライマーズ・ハイ』(2008年)やモントリオール世界映画祭で審査員特別グランプリを受賞した『わが母の記』(12年)などを発表。『ラストサムライ』(03年)では俳優としても出演。最新作『日本のいちばん長い日』は終戦前夜、決断を迫られたリーダーたちの苦悩、そして歴史の舞台裏を描く。
 

料理は食べるのも、自分で作るのも好きです。特に脚本を書いて煮詰まったときは、キッチンに立つのが一番の気分転換になる。包丁を握ると、いろんな素材を混ぜ合わせて、なるべく新しいものを作ってみたくなります。大根とコンニャクを入れたカレーや、赤唐辛子とガーリックをベースにさつまあげと一緒に炒めた「イタリアひじき」は自信作です。料理も映画も最初にイメージを育み、素材にこだわって組みあわせる作業がよく似ています。探求しながら、モノを作り上げていくのが楽しいんです。

「懐食みちば」が好きなのも、料理に“冒険”を感じるから。店主の道場六三郎さんは石川県出身。加賀料理は北前船による交易が盛んな土地柄から、京料理を基本に他の食文化を融合し、チャレンジしてきた。「みちば」の料理も味噌とチーズをあわせるなど、純然たる和を崩して、新しい食を開発する精神に強く惹かれます。

道場さんには前作の『駆込み女と駆出し男』で寿司職人として出演してもらう予定でした。本格的に寿司を修業した経験はないから、当時の寿司の大きさや握り方を勉強し、わざわざ1カ月も特訓してくれた。撮影直前に腰を痛めて、残念ながら出演は流れてしまいましたが、80歳を超えても衰えない探求心には頭が下がります。

「オステリア ソニドーロ」はイタリアの田舎町の路地裏にあるようなお店。最初のブルスケッタはイタリアで食べたものより美味しかった(笑)。あそこまで純然たるイタリア料理を追求する店も珍しい。

最新作『日本のいちばん長い日』は終戦間際が舞台で、食うや食わずの時代だったから難しかったけれど、僕は映画ではなるべく食のシーンを入れたいと考えています。

尊敬する小津安二郎監督の映画では男が厨房に入ることはありませんでした。それが遺作『秋刀魚の味』ではじめて佐田啓二演ずる長男が料理するシーンを撮った。さらに長女が結婚して家を出ていった後、次男が「明日、俺が飯を炊いてやるから」と笠智衆演じる父親に声をかけます。ラストショットは父親が厨房に入って薬缶から注いだお湯を啜りながら座った後ろ姿。その場面は、これから父親が料理を作る時代が来るという暗示的な表現だと僕は感じました。小津監督は社会の風潮に合わせて進化した。僕もその思いを引き継ぎたい。そう願っているから、僕の映画では男がごく普通に厨房に入るように意識しているんです。