いまやツイッターのフォロワー数29万人。世界陸上のメダリストで、ベストセラー『諦める力』の著者、為末大さんが、世界の問題から身近な問題まで、「納得できない!」「許せない!」「諦められない!」問題に答えます。(お悩みの募集は締め切りました)。
お悩みファイル10■「自然」を追求する保育園についていけない
わが子が通う保育園について悩んでいます。保育園は認可外ですが、「自然育児」を標榜する有名な園です。泥んこになって遊んだり、冬でも薄着、はだしだったり、紙オムツではなく布オムツを使ったりといった方針を貫いています。キャラクターグッズの使用や、テレビ視聴はNG、食事は玄米や野菜、魚を中心とした昔ながらの食材の給食が出されます。お弁当も週に数回あり、職員に食材・調理法をチェックされ、冷凍食品など使おうものなら頭ごなしに怒られます。「添加物」「電磁波」「牛乳」などの害についての勉強会もあり、当初は面白く参加していたのですが、気持ちがついていかなくなりました。結局、園の経営者にとっては「自然育児」というのは現代文明の否定のようです。夫には「そんな保育園やめてしまえ」と言われますが、どう思われますか?(女性・メーカー勤務・39歳)

「自然育児」という方針に共感し、あえて普通ではない保育園を選ばれたのですね。お子さんの体力・健康作りに寄与する部分も大きく、よい部分もありそうです。僕にも1歳の息子がいるのですが、怪我をしたり危ない目にあったりしないように親がついて歩かなくても何とか生きていけるだけの力をいずれは身に付けてもらいたい。彼は家では王様のようだけれども、一歩家の外に出れば何もできない無力な人間です。特別な存在として守ってもらえない場所でも生き延びていくには、死なない程度のピンチを何度か体験させなくてはならないだろうと早くも考えてしまいます。

ただ、この保育園の場合は、彼らの考える「自然」に適応することによって、かえって園の外にある社会に適応できなくなりそうですね。そうなると本末転倒という気もします。僕の友人にも「ベジタリアン」や「ヴィーガン」といった菜食主義の人たちがいますが、厳格な実践者になればなるほど、外食は難しくなるようです。自分の信念でやっていることだし、他人がどうこういう問題ではないですが、傍から見ていてなんとなく不自由そうだなと感じることがあります。

この問題の究極の解決法は、「退園して、他の一般的な保育園に転園する」ことなのでしょうが、おそらくは競争率の高い特別な保育園にせっかく入れたのだし、また別の保育園を探すのも大変だし……ということで迷っておられるのだと思います。そこで「退園・転園」という選択肢は最終手段にとっておいて「この保育園でうまく過ごしていくための現実的な処世術」について考えてみましょう。

この保育園の問題は、突き詰めると「独自のルールが支配する特殊な組織で、波風を立てず、できれば快適に過ごすためにはどうすればよいか」ということになろうかと思います。私の高校時代の友人に聞いたこんな話があります。友人は、厳格な指導で知られる野球部に所属していました。彼は、野球自体が好きだったこともあってなんとか活動についていっていましたが、心が折れそうになることもあったといいます。そんなとき彼の父親はこう言って励ましてくれたそうです。

「どうせ部活動なんて全部『演技』。野球部に籍を置いて一人の部員として過ごさせてもらうときは、演技をまっとうするのが、人の道なんじゃないか。『いつも同じ素の自分でいたい』なんて、夢みたいなことを言うもんじゃない。野球部員という役割を完璧に演じてみせる。もし不満があったとしても、そこではおくびにも出しちゃいけない。帰宅して素の自分に戻ったときに、思いっきりアッカンベーをしてやれ」

保育園に限らず、「独自の正しさ」に染まっている組織というのは、世の中にいくつも存在します。友人の父親が説くように、所属する組織が掲げている価値観に、四六時中染まる必要はありません。保育園にいるときはそこの方針に従っても、職場に出れば頭を切り替えて快適な生活を享受すればいいと思います。価値観というものは相対的で、「絶対的に正しい」ことなんてありません。ですから保育園では「自然保育」の台本に従ってうまく演じ、外に出れば素の自分に戻ればいいのです。場面によって「演じ分ける」ということが不誠実だと思う人もいるかもしれませんが、見方を変えれば「ニュートラルで身軽な姿勢でいる」ということでもあります。どんな場面でも自分を貫くというのもひとつの生き方であはりますが、無理を続けていると内面に矛盾を抱え込んで苦しくなります。もっと軽やかな生き方もあると思うのです。

為末 大(ためすえ・だい)
1978年広島県生まれ。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2014年10月現在)。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダル。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。2003年、プロに転向。2012年、25年間の現役生活から引退。現在は、一般社団法人アスリート・ソサエティ(2010年設立)、為末大学(2012年開講)、Xiborg(2014年設立)などを通じ、スポーツ、社会、教育、研究に関する活動を幅広く行っている。
http://tamesue.jp
(撮影=鈴木愛子)
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