今まで大量生産を支える人材が必要だった

【三宅】なるほど、近代化の本質がよくわかります。

【鈴木】そうすると、日本だけではありませんけれども、どの国も教育に力を入れ、大量生産に資する人材を育成するとことが国是になります。朝8時に遅刻せずに工場に出勤し、ベルトコンベアが動く前に準備を終わらせる。作業マニュアルが定められていて、それを覚えて素早く、正確にオペレーションするということが、工業での生産性を上げるために非常に重要になります。まさに、暗記力と反復力が求められるわけです。

日本はその教育に大成功しました。とりわけ、戦後の焼け野原からの見事な復興は“日本の奇跡”ともてはやされ、1980年代にはエズラ・ヴォーゲルの著書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という本がベストセラーになっている。あるいは『通産省と日本の奇跡』というチャルマーズ・ジョンソンという国際政治学者の大著も出版され、その本を読んで、私は通産官僚を志しました。

鈴木寛・前文部科学大臣補佐官。東京大学・慶應義塾大学教授。

【三宅】官僚も優秀でしたね。特に、高度経済成長の司令塔であった通産省の産業政策はしたたかで、外国から“NotoriousMITI(悪名高い通産省)”とまで呼ばれた。それは、ある種の褒め言葉でもあると思いますが。

【鈴木】それで日本は1980年代に世界一の工業立国になって、日本の繁栄というものを掴みとったわけです。それは良かったんですけれども、やがてデジタルテクノロジー、コンピュータ、インターネットを始めとするデジタルテクノロジーの導入によって、お手本を高速に正確に再現するという仕事は機械に取って代わられました。

それまで日本が得意としてきた分野の仕事は、デジタルテクノロジーに取って代わられてしまう。そうなったときに、人間は何をやるか。人間にしかできない仕事や役割は何なのかと。まさに明治以来、世界史的に申し上げれば1700年代の後半以来の大変革期に来ているということです。

【三宅】まず、そこの理解が必要ですね。

【鈴木】つまり、単に暗記力と反復だけではダメだよと。ここは強調しておきたいんですけども、単にそれだけではコンピュータに負けてしまうという話です。下村大臣もよく指摘していますけれども、singularity(技術的特異点)ということがいわれておりまして、2045年には、人工知能(AI)の性能が、人間の脳を超えるそうです。「ワトソン君」などIBMが開発している人工知能が今急速に進化しています。

私がいる慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスもその最前線にいるわけです。また、国立情報学研究所は「東ロボ君」というロボットを作って、ロボットが大学入試にチャレンジしています。聞くところでは、私立の文科系はもう合格するぐらい。東大にはまだ合格できないというレベルだそうです。いずれにしても人工知能がそのぐらいまで来ているわけですね。