給料7割減でも成功者である

──とはいえ、働く者としての誇りや精神的な満足感を優先させた調査委員会のメンバーは、再就職に関しては完全に出遅れてしまったようだ。収入が“山一證券時代の7割減”という極端な年収ダウンもあったという。終わりゆく会社を前にしたときは、やはり「逃げるが勝ち」なのか。

山一證券の終わりは、日本の終身雇用制度の“終わりのはじまり”でした。昔は“就職=職業に就く”ではなく、“就社=会社に就く”と言っていたのですが、そんな単語、今ではすっかり聞かなくなりましたよね。不景気のせいで再就職先でもまたリストラの憂き目に遭い、山一證券を辞めた後に7回転職したという人もいた。警視庁や金融庁、国税庁に勤めた人もいれば、詐欺師と呼ばれたりした人もいた。逆に、ステップアップして当時よりいい待遇で働いている人もいました。十数年たった今、改めて取材してみると、本当に千差万別だということです。

『しんがり 山一證券 最後の12人』(清武英利著・講談社)
──再就職の成功と逃げ足の速さに相関関係がないとしたら、成功を左右する一番大きな要素はいったい何なのだろうか。

『しんがり』の取材時に言われて印象的だったのは、「山一證券の経営破たんは、私の人生の通過点にすぎない」という1人の社員の言葉です。彼は、「だから、私たちが不幸になったなんて思わないでください」と言うんです。実は、再就職に出遅れるような不器用な人たちは、きっとその後も不幸な人生を送っているんじゃないかと思っていたので、すごく驚きましたね。同時に、そんな大変な目にあっても前向きに生きている彼らを見ることで、私自身救われた思いでした。倒産やリストラは、今や誰にとっても他人事ではありません。でも、勤め先が倒産するとかしないとか、再就職に出遅れるとか先んじたとか、そんなことで人生を左右されてはいけない。それでも続いていく人生の大波小波を、その場その場できちんと清算しながら納得して歩んでいけるか。そのことがもっとも重要なのです。“成功”の定義次第ではないでしょうか。

──そういった意味では、後世に残る“内部調査報告書”という形で、勤め先の最後にきちんと折り合いをつけた調査委員会のメンバーは、誰もが成功者と言えるのではないか。

一部の人間が一方的にクビを言い渡される“リストラ”という形ではなく、会社そのものがなくなる、「俺たちは苦労を共有するんだ」という意識が、それからの彼らの団結につながっているような気がします。そのときは大変だったと思いますけどね。非常に日本的な感覚ですが、全員が居場所を失うことで“諦観”のような境地に立てたのでしょう。そのせいか、今でも“山友会”という山一證券のOB会のようなものに参加している人もいるし、彼らはいまだに自分たちのことを“元ヤマ(元山一證券社員)”と呼びます。ボロボロになった山一證券のノベルティTシャツを大事に着ている人もいました。もはや恨む気持ちもなくなった彼らにとって、潰れた会社は悠久の彼方にある“故郷”のようなものなのかもしれませんね。

清武英利(きよたけ・ひでとし)
読売新聞の社会部記者として、警視庁、国税庁などを担当。2011年に読売巨人軍の専務取締役球団代表を解任された。『連続ドラマW しんがり』がWOWOWプライムチャンネルにて放送(9月20日~全6話)。
(加藤ゆき=撮影 時事通信フォト=写真)
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