「自分に正直であることが何より大切です」

そして、99年に経済同友会代表幹事に就くと、経済性だけでなく、社会性や人間性の軸も加えて評価することで「市場の進化」を促す「21世紀宣言」を提起。“社会派経済人“としての思想と地歩を確立していった。

経済人にとっての「教養」の重要性も早くから認識。前述のアスペンの活動や、経営者が集まって合宿し、古典を学び合う「キャンプ・ニドム」なども主催した。

こうしてみると、小林さんの手腕の最大の特徴は、10年、20年先を読む先見性にあったことがわかる。それは人間の本質に対する深い洞察によるものだろう。

前出の評伝が出版された際、筆者は樺島氏に代わり、プレジデント誌のためのインタビューを引き受けたが、その席には経営学の大学院へ進んだばかりの樺島氏の長男もともなった。取材の最後、質問を促すと、長男は「次代の若きリーダーたちに何を求めるか」と問うた。小林さんはふと目を伏して考え、「自分に正直であること」と長男に答えた。

「データや数字以上に、社会を構成する一員である自分に対して正直であることが何より大切です。少なくとも9割方納得できると判断できたら決断することです」

小林さんは「性善説の経営者」だった。人間の本質は「善」であり、だから、強い当事者意識を持ち、自分で納得できれば、最善の判断ができる。しかし、日本の現状はどうか。東芝の問題など、今なお企業倫理が確立していない日本に警鐘を鳴らすことのできる偉大な経済人がまた1人、不帰の人となった。

国際派でもあったご本人に本来なら、RIP(Rest in Peace)の言葉を捧げるところだろう。ただ、われわれは正直であり続けられるか、小林さんにはこれからも天界より見守り続けてほしい。そう願うことで、性善説の経営の大切さをいつまでも胸に刻み続けたい。