「800万円を用意してくれ」

▼家族構成
吉田弘之さん(仮名・57歳):公務員/2人兄弟の長男 東京都在住
妻(54歳):専業主婦

父(享年81)は、5年前に他界。母(82歳)が、現在、群馬県でひとり暮らしをしています。母は要支援1程度で、まだ心身ともにしっかりしている様子です。実家は県道沿いにあり、買い物なども、歩いて2~3分くらいの所にスーパーがあって、とくに不自由はしていないでしょう。

私は仕事の関係で海外駐在が多く、ここ10年ほどずっと国外での生活でした。最近ようやく日本に帰国しましたが、帰省するのはお盆とお正月の年2回くらいです。

私がそんな状況でしたので、茨城県に住む次男(54歳)の方が、2カ月に1回ほど、定期的に母の様子を見に行ってくれています。

『50代からのお金のはなし』(黒田尚子著・プレジデント社)

でも電話は毎週しています。海外にいるときも国際電話をしていました。弟も同じくらいでしょう。離れてしまえば、基本的に、国内も海外もそう変わりはないと思いますよ。もちろん、距離的に近いかどうかは違いますけどね。

そんな母に大事件が起きました。昨年の夏、「オレオレ詐欺」の被害に遭いそうになったのです。犯人は、次男の名前をかたってきたのです。ある朝、母のところに電話があって、「もしもし○○(次男)だけど。友人がお金に困っていて融通してやらなくちゃいけないんだ。800万円を用意してくれ」と言われたそうです。母が「800万円なんて大金、ウチにあるはずないでしょう」と答えると、「それじゃあ、どれくらいあるか調べておいて」と言い置いて、犯人はいったん電話を切りました。

通話の途中で「オレオレ詐欺」だということに気付いた母は、すぐに地元の警察に通報。すると、「200万円ならあると犯人に言ってください」と指示され、母は怯えながらも、犯人にそれを伝えました。すぐ取りに来るという犯人を、警察官とともに待ったそうです。200万円は警察が偽札を用意して持ってきました。

しかし、おそらく実家に出入りする警察官の様子をどこかで見ていたのでしょう。結局、夕方まで待っても犯人は現れませんでした。このような一件があった後は、私も次男もひとり暮らしの母のことを放っておけません。さっそく次男が自分のところに連れて帰ると、母を説得しました。でも、元気な間は、実家に住みたいと首を縦に振らないのです。長男である私への気兼ねもあったのかもしれません。私は狭いマンション住まいで同居は難しいのです。

結局、今も母はひとり暮らしを続けているのですが、私たちがそばにいないために、適切な判断ができない可能性がある点については、心配しています。たとえば今回の事件で、母は、お金を受け取りにきた犯人に、屋外ではなく、自宅に上げてお金を渡し、名前まで書かせるよう指示されています。警察の捜査に協力しているわけです。市民としては当然のことかもしれませんが、もし近くにいれば、子どもとして、そんな危険なことは止めさせていたでしょう。