女性の髪の毛がなくなるということ

抗がん剤治療に入る前、妻は自分の髪の毛が抗がん剤で抜けることを、6歳の娘にもきちんと説明しました。娘は理解してくれましたが、それでも髪の毛が抜け落ちた妻を見て、どれほどショックを受けるかを想像しただけで、なんだか残酷なように思えました。

ところが、髪の毛が抜け落ちた妻を見た娘は、「髪型が変わっただけで、ママは変わらない。ママは変わらずかわいい」といったのです。娘なりに気を遣ったのでしょうが、まだ6歳なのに妻を励ますような言葉がいえる娘が誇らしく思え、心から褒めてあげました。一方、私といえば、励ます言葉どころか動揺して黙り込むだけで、いつまで経っても進歩が見られませんでした。

娘からの言葉によろこんだ妻ですが、心の準備が追いつかないスピードで髪の毛の大半が抜け落ちたため、現実を受け入れられないでいました。髪の毛だけでなく眉毛もなくなったため、「まるで宇宙人みたい」といって、心が泣いている日々を過ごしていたのです。

ある晩、妻はほとんど髪の毛が抜け落ちてしまった自分の頭を鏡で眺めていました。そして、私のほうを見て、「私、ヒナみたい……ピイピイピイ」と呟いたのです。あまりのシュールさに、その場で固まってしまいました。ところが、どうしたことか私の頭のなかでは、長渕剛のある歌の出だしが何度も繰り返されていたのです。その歌は、「ろくなもんじゃねえ」でした。

有名な歌とはいうものの、長渕ファンでもない私が、どうしてこの状況で、この歌の出だしが頭のなかで流れたのかはわかりません。たしかに「ピイピイピイ」と妻は呟きましたが、それで「ろくなもんじゃねえ」の出だしにつながるなんて……私こそ「ろくなもんじゃねえ」夫です。頭がおかしくなったのか? と自分のことが心配になりました。

次の日、私は妻の頭をきれいに剃ってあげることにしました。妻が鏡を見たときに、せめてヒナではなく、凛とした尼さんを思い浮かべるようにしてあげたかったのです。

ある日、妻が娘とお風呂に入っていると、娘が笑いながら「ママが3人」といいました。「どうして?」と妻が聞き返すと、湯船から出ている妻の膝と頭を指さし、「3人」といったのです。何てことをいうんだ、と妻は思いましたが、「なんだか笑いが込み上げてきた」と後で私に話してくれました。私もひどいことをいうなあ、と思いながらも、何だかおかしくなって、苦笑してしまいました。すると、妻がおかしそうに笑いだしたのです。

妻が自分の頭のことで笑えるようになったことに少し安堵しながら、妻が快復したら、この話は本当の笑い話になるだろう、と思いました。

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