高杉 良(たかすぎ・りょう) 1939年、東京都生まれ。専門紙記者、編集長を経て、75年『虚構の城』で作家デビュー。以来、経済界を舞台にしたリアリティー溢れる話題作を次々と発表。『金融腐蝕列島』など著書は70作を超える。

『小説日本興業銀行』全4巻が上梓されてからはや26年。あの男が帰ってきた。日本興業銀行頭取の中山素平だ。

経済界に危急存亡の時あらば姿を現し、迅速に事態を解決する。その姿は日本の将来に思いを巡らす勤王の志士が新撰組を向こうに回して縦横無人に闘う「鞍馬天狗」を彷彿させることから「財界の鞍馬天狗」とよばれた。

昭和40年不況のときには低迷する証券市場を安定化させるために創設された「日本共同証券」の発起人総代を務め、経営危機に陥った山一証券を救済するための日銀特融を田中角栄大蔵大臣に決断させた。

「世の中が荒廃し人々の気持ちが傷んでいる中で、私心なく世の中のために戦う中山さんを取り上げることで、日本人にもう一度元気になってもらいたいと考えました」

中山と出会ったのは1978年、中山72歳、高杉39歳のときだ。

「亡くなる2年前の97歳までお付き合いさせていただきましたから、四半世紀になります。最初の出会いは『労働貴族』の執筆にあたり、日産自動車の労使対立の取材をしているときです。物怖じしないで質問する性格が気に入られたのかもしれません」

その後、中山との交流が深まり、『小説日本興業銀行』が誕生することになる。

「どんなときでも背筋をぴんと伸ばし、矍鑠としている。明治生まれの気骨を感じさせる人でしたね。とにかく私心のない人。自分のために何かをやる人ではありませんでした。『階級を付けるのはおかしい』といって叙勲さえも受けなかった。働く女性の地位向上にも力を入れていました。『僕は貧乏性だからね。いろんなことが気になる』といって、世界のこと、日本の将来を気にしていました。なかでも格差の拡大には危機感を持っていました」

『勁草の人』はいわば『小説日本興業銀行』の続編。確固たる強い信念を持っているという意味の「勁草」は中山素平の気骨を表す。人材輩出銀行として基幹産業を再建してきた華やかな部分だけではなく、「尾上縫事件」や「三行統合」などを通して中山をはじめとした興銀マンたちの逆境や苦悩についても深く触れている。

「日本の戦後復興、経済成長を裏で支えた中山素平の生き様を、今の若い人たちにも知ってもらいたい」

(尾関裕士=撮影)
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