2日間絶食して臨んだ撮影
高倉健が亡くなったと発表された日のこと。わたしは友人とふたりで、三軒茶屋の小さな日本そば屋に行った。
「ビールください」と頼み、ふたりで空の上にいる高倉健に献杯した。その後、「ラーメンとカツ丼ください」と言ったら、顔だけは知っているおばさんが「どうしたんだろうねえ。今日はラーメンとカツ丼食べる人が多いね。どうしてなの?」と逆に尋ねられた。
みんな、同じことを考えているんだと思った。三軒茶屋には映画好き、高倉健ファンが大勢いるとわかった。
「しょうゆラーメンとカツ丼」
高倉健ファンにそう言えば、誰もが「ああ」とうなずくはずだ。
『幸せの黄色いハンカチ』(1977年 松竹)の冒頭、刑務所から出てきた高倉健が町の食堂に入る。
「ビールください」と注文した後、壁に貼ってあるメニューをじっと眺める。そして、まさにしぼり出すような声で「しょうゆラーメンとカツ丼」と告げる。運ばれてきたラーメンとカツ丼を高倉健はむさぼり食うのだが、下品な食べ方ではない。
同作品の監督、山田洋次は亡くなった日の夜、こんなコメントをしていた。
「あの時、健さんは1日か2日、絶食して撮影に臨んだと後で聞きました。そういう人なんです」
実際には彼は2日間、水だけしか飲まなかったという。そうやって、芝居のリアリティを出したのである。