念願の院内学級だったが、最初から順風満帆だったわけではない。赴任当初は病院のスタッフと連携がうまくいかず、軋轢(あつれき)が生じた。
「私たち教員は、子供の学習の保障をすることが大前提。一方、病院は治療を一番に考えます。そのため最初はお互いにわかりあえなくて……」
この問題は伝え方を工夫することで改善した。
「子供の『発達』を保障したい、と伝え方を変えたら、進んで協力してもらえるようになりました。今では治療と授業が重ならないように時間をズラしてもらうなど、いろいろと配慮をしてもらっています」
子供との関係でも、最初は大いに悩んだ。通常の小学校では、数週間、あるいは数カ月かけて、子供たちと関係を築き上げていく。しかし院内学級では、信頼を少しずつ積み上げていくような地道なやり方が通用しない。何しろ、子供たちの多くは数日で退院していく。半日で関係をつくれるかどうか。それが勝負だ。
どうすれば短い期間で子供とわかりあえるのか。いろいろと試行錯誤した結果、定着したのが、病棟への“御用聞き”だった。副島先生は、ポケットから赤い鼻を取り出して、次のように説明する。
「まず病棟を歩いて声をかけ、こちらの教室に来る前に、“知ったおっちゃん”になっておくのです。この赤い鼻も、教室でつけるより、病棟でつけることが多いです。赤鼻をつけると目立つでしょ。『あれ、なんだー』『おう、じつはこの上に学校があるんだけどさ』『学校?』という感じで、まずはさいかち学級と僕のことを知ってもらうわけです。で、僕はいつでも待ってるよ、君のことを大事に思っているよ、と、さりげなく伝えておくんです」
病棟で話しかけるのは子供だけではない。さいかち学級で学ぶには、保護者の許可がいる。そのため親がお見舞いにくることが多い夕食時にも、病棟に顔を出す。子供とはすでに知った仲になっているので、「お母さん、上の学校の先生だよ」と紹介してくれることも多いという。
ちなみに副島先生の“赤鼻”歴は長い。大学院から戻ってきた直後、実在するホスピタルクラウン、パッチ・アダムスを描いた映画を見た。感動して本人に会いに行き、自らもクラウンになった。前の小学校にいるときから赤鼻をつけて子供たちを笑わせていたが、院内学級の担任になって、さらに赤鼻の出番は増えた。
子供との距離を縮めるために、もう1つ意識していることがある。失敗を隠さず見せることだ。
「子供たちは、病気になったこと、ケガしたことを失敗だと考えています。でも、病気は失敗ではないし、たとえ本人が失敗だと思っていても、それにきちんと対応すればいい経験に変えられる。そのことを伝えるには、僕が実際に失敗して見せればいい。もともと僕は道化師だから、失敗を見せるのが大好きなんです」
大人が率先して失敗すれば、子供は「自分も失敗していい」と自己肯定感を抱ける。そうなれば、子供たちはバリアを解いて先生の言葉にも耳を傾けてくれるようになる。
ただ、単に失敗を見せればいいというものでもないようだ。
「子供は、大人が失敗した後の態度を注意深く見ています。大切なのは、失敗を隠さずに、きちんと対応すること。たとえば子供に勉強を教えていて漢字の書き順がわからなければ、『ごめん、忘れちゃった』と言って辞書を引けばいい。ごまかすより、そのほうがずっと子供に尊敬されるはずです」