“吉本で一番おもろない男”に会った

山あり谷ありの半生記『情と笑いの仕事論』を出版した、吉野伊佐男・吉本興業会長

自らを“吉本で一番おもろない男”と呼ぶ現会長・吉野伊佐男氏。第一印象は確かに「吉本興業」という社名から想像するような、ギラギラしてアクの強い人物像からは程遠い、非常に柔和な雰囲気の人物である。

「そもそも僕が吉本に入社したのは、学生時代のアルバイトの延長。お笑いは好きだったけど、吉本でトップになろうだなんて思っていなかったし、社長になるギリギリまで自分にそんな大役が回ってくるとは思ってもいなかった。もとは経理や総務の部署や、CM営業をしていたなんです。“流された”場所で仕事を楽しむようにしていたら、こんなことになりました。頼りないリーダーだとまわりが育つし、いいこともあるんですよ(笑)」

と恵比須顔で語る。

しかし、この“流される”という言葉はネガティブなものではない。吉野氏は現在、新入社員に対して、むしろ「流されよ」と言っているのだ。一見、会長の言葉にはふさわしくない台詞のように思えるが、一体どういう意味なのか。

「僕自身、稼ぐことが好きだったので、最初に配属された経理や総務の仕事は不本意でしたし、その後しばらくやっていた制作の“よろず屋”のような仕事も、自分から志願したわけじゃありません。誰もする人がないからやっていただけ。でも、会社から与えられたポジションがあるなら、3年なり5年なり、流されて一度は取り組む価値があると思います。自分の経験からいって、適性なんて自分ではわかりません。評価はまわりがしてくれるもの。どんなに最初は面白くなくても、真面目に頑張っていればちゃんと評価が伴ってきて、自分の行く先は自ずと決まってきます」(吉野氏)

最近の若い人は、離職までの年数が非常に短い人も多い。しかし、どんな時代のどんな仕事でも“面白くないこと”は必ずある。そこでいちいち辞めるのではなく、一度は“流されてみる”こと。不本意な仕事にも力を注ぎ、面白味を見出すことができれば、その時間は決して無駄ではなく、自分の財産になるのだ。吉野氏自身も、経理や総務という裏方仕事を経験したことで、会社全体を見る目が養われたと語る。