コミュニケーションは、多様な要素の複合体(発信側だけでも「伝え手」「伝える中身」「伝え方」が関係している)である。経営者の話を分析していくと、いかなるときにも有効な「普遍原理」のようなものが確かに存在している。ここでは、それぞれの経営者が見出した「伝え方」を考察してみよう。

突然の統合破談をどう納得させたか

帝人取締役会長
大八木成男氏

2003年、弊社が杏林製薬との事業統合交渉を進めていたとき、私はこの件について在米のアドバイザリー・ボードに説明するため、バージニアに赴いたことがあった。

現地に到着して、さて明日の報告の準備でも始めようかと思っていると、トップに呼ばれて「杏林の話はダメになった」といきなり告げられた。日本で書き上げてきた40枚の報告書が、この一言でふいになってしまったのだ。明朝までに、まったく逆の内容の報告書を書き上げなければならない。時間がない。

限られた時間の中で、私が最優先に考えたのが、アドバイザリー・ボードは何を知りたいかであった。まず知りたいのは、なぜダメになったのか、その真相だろう。

次に、この破談によって帝人の成長戦略はどう影響を受けるのか。そして最も重要なのは、考えうる成長戦略オプションの中で帝人は今後何を選択するのか、再びM&Aの相手を探すのか、オーガニック・グロースを目指すのか、であろう。要するに、結論→課題→対策である。

私はこれらを、文字通り簡潔な言葉でレポートにまとめ、ボードの納得を得ることができた。だが仮に、破談になった経緯をくどくど説明することに終始していたら、彼らの納得を得ることは難しかっただろう。つまり、結論→課題→対策の流れとは、読み手が当然知りたがるであろうことに即した構成なのである。

一晩という短い時間の中で、なぜ私が説得力のあるレポートを書き上げることができたかといえば、上司から文章を細部にわたって叩かれ続けてきたからである。徹底的に叩かれることによって、文章を書く経験は厚みを増していく。部下にきちんとした文章を書かせたいと思ったら、叩くという作業も時に必要なのだ。

(2010年8月2日号 当時・社長 構成=山田清機)