高卒で働かざるをえない人の思いがわかるの?

「阿部さんは、どこの大学なの?」
「いえ……私は高卒だから」
「そうなの……。学歴なんて関係ないから、気にする必要はないよ」
「………」

企業の社員教育を手掛ける株式会社新規開拓(本社・千代田区)の管理部長・阿部由里さん(43歳)が、10代後半から20代前半にかけて、同世代の学生とよく交わした会話を紹介する。

1989年に高校を卒業した後、東京の会社に就職したが、1年ほどで退職した。その後は、アルバイトに明け暮れた。表参道のイタリアン料理の店や求人広告の代理店などで働いていた。職場で知り合う、同世代の大学生や短大生から頻繁に尋ねられたのが、大学のことだった。

阿部由里・株式会社新規開拓・管理部長。2000年、明治大学政治経済学部卒。

「私は、高卒で就職した。あの頃、学歴の差を体で感じ取った。経験というよりは、体感したといった表現が実態に近いのかな。ある程度の学歴を身につけていないと、働くところも限られてくるし、相手にもされないとひしひしと思った。大学生から、学歴なんて関係ないから気にする必要はないよと言われると、バカにされている気がした。自分は大学に籍を置きながら、そんなことを言えるの? 高卒で働かざるを得ない人の思いがわかるの? と言いたくなる」

山形県の、人口1万8000人ほどの町で生まれ育った。周囲で、大学に進学する人は少なかった。自分の力で生きていきたいという一心で、酒田市にある県立高校を卒業した後、親元を離れ、上京した。

大手出版社の関連会社である、情報技術の会社に正社員として入った。寮も整備されていたが、1年ほどで辞めた。

「新しいことにチャレンジしたい。そんな好奇心が猛烈に湧いてきた。先のことまではそれほど考えていなかったとは思う」

その後は、アルバイトで生計を立てた。親からの支援を受けることは、一切考えなかった。

高卒で勤めた会社がつまらないと感じていた頃、学習院大学の学生と知り合う。この学生は、会社の経営を始めていた。当時は、「学生起業家」といわれる学生たちが注目されていたころだった。

「大学生でありながら社長をするなんて、すごいと思った。あの頃から、大学に入り、勉強をしたいと考えるようになった」

その思いがしだいに強くなり、明治大学の政治経済学部(経済学科)に社会人入試を経て、1996年に入学した。25歳になっていた。