それでも、より右派としての姿勢を前面に出した田母神氏が支持を広げられず完敗したことを考えると、それは大げさな「右傾化」というよりは、もっと現実的な「保守的態度の浸透」と呼んだほうが、実態を正確に表しているのではないかと考えられます。
本来、本当に我が国が右傾化、民族主義化しているのだとするならば、日本人の自主独立を模索して反米的な言動も同時に高まり、また国内で頻発していた在日韓国人バッシングに対する支持がもっと広がっていてもおかしくありません。が、実態はアメリカに対して親しみを感じる日本人は依然として8割を超え、「在特会」のように民族差別的な言動を行う団体への支持率はほぼゼロで誤差の範囲内です。日本国内で中国大使館や韓国大使館に対して大きなデモが張られたことはありません。こうした事実を、海外のナショナリズムの問題と比較すると違った光景が見えてきます。
今年3月に台湾で発生した学生のデモは、まさに大規模な右傾化です。中国との貿易協定締結の強行に反発する台湾の若者たちが、次々とデモに身を投じました。彼らは動画サイトなどを通じて、一連の密室協定は台湾を中国に同化させ、チベットや新疆(しんきょう)ウイグル自治区のような中国の外縁の一部に組み込まれかねないものだと主張。メディアの推計では35万~40万人、学生らの発表では50万人が総統府前に集まり、一時は日本での国会議事堂にあたる立法院までもが占拠されました。
こうしたナショナリズム的な右傾化の動きは各国に見られ、その背景には移民政策の失敗や地政学的なジレンマがあります。ドイツでは2010年、メルケル首相が「多文化主義は完全に失敗した」という演説を行い、トルコからの移民の制限を決めました(※2)。デンマークでは12年に、反イスラムの大規模デモが暴徒化し、警官隊と衝突。スウェーデンでは外国人排斥を訴える極右集団とそれに反対するグループの間で緊張が高まり、たびたび負傷者や逮捕者が出ています。右傾化による同胞意識が具体的なデモを呼び、社会に混乱が発生するというのは、いまや世界的なトレンドになっています。