水素ディスペンサー/水素のパイオニア、岩谷産業が水素ステーションで使われるディスペンサーを作成した。

村上は、研究センターの構想段階から「バラバラでは外国に勝てない」と強く訴え続けてきた。これを受けて、研究体制を、スタート時から一本化した。九大と独立行政法人・産業技術総合研究所(以下、産総研)が共同で研究センターを設立したうえで、センターのマネジメントは産総研、研究開発は九大で分担する形である。研究センターの誕生で、水素に関する日本初の研究体制が確立した。

国際的な研究経験が豊富な村上は、「メンバーは、世界中から集めるべき」と、海外から優秀な研究者の獲得に力を注いだ。現在、研究センターは、大学関係者、技術研修生、テクニカルスタッフなどを合わせると200人超の大所帯で、約1割の20人が外国人の研究者である。

研究開発の基盤づくりだけでなく、水素の「インフラ整備」も同時に進められた。福岡県の西に位置する糸原市では、水素エネルギーを利用して家庭用燃料電池を住宅団地内の約150戸に置く「水素タウン」の実証実験をスタートさせた。さらに、九大伊都キャンパスでは、水を電気分解して水素を取り出す「水素ステーション」が設置された。

福岡県だけでなく、北九州市も動いた。同市にある新日鉄八幡製鉄所では、鉄に必要なコークスを製造する際に発生する水素ガスの一部をパイプラインで引くことにより、燃料電池自動車(FCV)用の水素ステーションを建設したのだ。インフラ整備はやがて、福岡市、北九州市の両市間で燃料電池車のテスト運転を繰り返す「水素ハイウェイ」構想に発展していくことになる。福岡を全国一の水素タウンに育て上げた村上が、研究に邁進した10年を振り返った。

「国立大学のキャンパスの中に、産総研のセンターがあるのは日本では九大だけです。米国には、エネルギー省(DOE)の研究所がカリフォルニア大学に研究を委託するなど、いくつかのケースがありますが、日本ではこれが初めてのケースです。学者だけでこれだけ大きな組織をマネジメントするのは大変難しい。産総研のセンターの位置づけで始まらなかったら今日の姿はなかった。産総研にはよくサポートしてもらいました」

日本の研究開発体制は、どの組織も似たような研究テーマで競い合いがちで、結果的に、成果がものにならず、投資の無駄が指摘されることが多かった。その点、九大の研究拠点は早くから産総研と組むことで、オールジャパンの体制が敷かれ、「水素研究のシナジー効果が生まれた」とみることができる。