ネットスーパーの仕組み

ネットスーパーの仕組み

02年にスタートした阪急百貨店の阪急キッチンエールは、完全なネット専業型。商品をピッキングし配送する専用のセンターを吹田市江坂に設けている。ただし、初期投資の負担はそう重くはなかった。「既存の3つのインフラを最大限に活用したためです」と話すのは代表取締役の今井康博だ。

「江坂のセンターは、もともとは自前の配送センターでした。それが時代とともに宅配業者に委託していって無用の長物になっていた。その有効活用が一つ。二つ目のインフラが配送網です。もともと当社は地域に根ざした物流業者さんを使いながら自前の配送ネットワークを持っていましたからね。

もう一つは顧客です。外商カードやペルソナカード(ハウスカード)があるので、新規に顧客名簿を集める必要がない。この3つのインフラがあったから始められた。一からやるとなると多分できなかった。断念していたと思います」

とはいえ、初期投資額は数十億円規模。搬入された商品をピッキングするための巨大レーンの長さは片道で約100メートル。常温、冷蔵、冷凍、大物(トイレットペーパーなど)に分かれたスペースで約40人のスタッフが箱を組み立て、商品をピッキングし、検品・結束し、多い日には5500件もの注文をさばいていく光景は圧巻だ。

[阪急キッチンエール]売り上げ・会員数の推移

[阪急キッチンエール]売り上げ・会員数の推移

この施設をベースに、阪急キッチンエールは「地域に根ざした愛情ある御用聞きビジネス」をキャッチフレーズに掲げ、顧客を獲得してきた。客単価は約5000円、月平均買い上げ額約2万円。なかには、月に40万円も買い物をする会員がいる。

関西圏で強い生協ともバッティングしていない。なぜそれが可能なのか。一つには、生鮮品や日用品などを扱いながらも、一流レストランのシェフがつくった調理品や人気パティシエのケーキ、名店ブランドなど、デパ地下のようなラインアップを強化しているからだろう。スーパーの買い物に楽しさはないが、デパ地下のぶらぶら歩きはわくわくする。阪急キッチンエールの品揃えはそんな感覚に満ちている。

しかも、この商品政策はデパ地下の上をいく。デパ地下は一度テナントが入るとそう簡単には動けない。売り場改装も数年に一度のペースだ。ところが阪急キッチンエールは、1週間ごとにまるまる売り場を改装するかのようにテナントを入れ替える。他の百貨店に入っていない京都の名店の商品を扱えるのも、バイヤーが既存のデパ地下ブランドにとどまらず意欲的に店探しを行っているからだ。

新大阪駅から車で10分程度の場所にある仕分け用の物流センター。配送用の箱がベルトコンベヤーで流れてくる。目の前のランプがつくと商品を入れればよく、注文リストを見る必要がない。慣れた様子で作業する女性たちは、近隣の主婦が中心という。

新大阪駅から車で10分程度の場所にある仕分け用の物流センター。配送用の箱がベルトコンベヤーで流れてくる。目の前のランプがつくと商品を入れればよく、注文リストを見る必要がない。慣れた様子で作業する女性たちは、近隣の主婦が中心という。

「売り場(カタログ)のレイアウトや商品POPの作成もバイヤーの役割ですよ。バイヤーの視点で強弱をつけてカタログ上で表現しています。ネットスーパーで収益を挙げるには、現場が余計な仕事をさせられていると思ったらダメ。かつて、伊藤忠食品が始めた買い物代行型のネットスーパー『グレースモール』が2年足らずで撤退したのもそれが原因でしょう。意識改革をしないと始まりません」

今井はカタログを重視し、誌面の立体化を進めている。産地に行って見学したり、田植えをしたりという情報を誌面に入れることもあれば、各取引先の苦労話も掲載する。「我々のビジネスは顔が見えないから、どこかで顔を見せるような努力をしないといけない」という考えゆえだ。阪急百貨店の看板はあっても、阪急キッチンエールには拠点となる実店舗がない。誌面の立体化は、実店舗不在の弱みを補う試みともいえる。

初年度の売り上げは4億円、2008年は63億円。06年には黒字化を果たした。稼ぎ頭の一つが粗利が高い受注生産のオリジナル料理セットだ。価格は1000円から1500円ほど、約20種類揃った料理セットは日に500件もの注文が入る大ヒット商品に成長した。

「料理セットの販売数を1000~1500セットに伸ばしたい。売り上げはまずは100億円が目標ですが、関西圏の食品マーケットは約1兆5000億円ある。その1%をとれば150億円ですよ。とりあえず来年は70億円かな」

今井は先の先を見据えている。(文中敬称略)

※すべて雑誌掲載当時

(坂本道浩、浮田輝雄、交泰、川島英嗣=撮影)