新型インフルエンザの発症者報道が過熱し、人々が一斉にマスク購入に走った2009年5月第3週の週末。
イトーヨーカ堂のネットスーパー、アイワイネットの受注状況に異変が生じた。かつてないほどの注文が殺到したのだ。関西地区の売り上げは前年対比300%、首都圏でも約200%におよんでいた。阪急百貨店のネットスーパー、阪急キッチンエールも同様だ。この時期、1週間の入会問い合わせは前年の3倍にあたる600件に上り、入会者数は通常比150%の350件、売上高は前年比160%を達成した。
ウイルス感染をおそれ、外出を手控えた消費者にとって、自宅にいながらインターネットを通して買い物ができ、商品を届けてくれるネットスーパーはありがたい存在だ。商品価格は特売品も含めてすべて店舗と同じ。サイトを素早くチェックすれば、目玉商品を店頭より先に買うこともできる。新型インフルエンザは、ネットスーパーが安全かつ便利な買い物チャネルであることを人々に実感させるきっかけとなった。
では、この動きは一過性で終わるのか。断言してしまおう。答えは「否」だ。
日本で2000年に産声を上げたネットスーパーは、2007年から普及期に転じている。ネットスーパーの市場規模は08年で約230億円。まだ市場全体の0.2%にすぎないが、伸び率は高い。
売り上げが5年連続で前年割れとなり苦境にあえぐスーパー業界にあって、ネットスーパー市場は09年も約25%の伸びが確実視されている(富士経済調べ)。配送の手当てが間に合わず、注文を断る事態が多発していることを考えれば、伸びしろは大いにある。
課題とされてきた収益面についても、念願の黒字化を果たす企業が着実に増えてきた。もう「採算度外視の商売」などではない。新型インフルエンザによる活況は、ネットスーパーの現在の勢いを示す一つの象徴的な出来事である。
ネットスーパーは、実店舗から商品を出荷する「店舗出荷型」と、ネット専用の在庫を持つ「ネット専業型」、インターネットの登場前からカタログやチラシに掲載した商品の注文を電話やファクスで受け、顧客に配送してきた「宅配からの派生型」に分類できる。
もっとも多いのが「店舗出荷型」で、その代表格はイトーヨーカ堂や西友、イオン。楽天の子会社であるネッツ・パートナーズが運営するポータルサイト「食卓.jp」は、店舗出荷型のマルエツや紀ノ国屋、東急ストアといった複数の中小規模スーパーが出店する「ポータルサイト+店舗出荷型」だ。
「ネット専業型」は日本では数が少なく、関西エリアで事業を展開する阪急キッチンエールがこれに該当する。個配(個別配送)に力を入れる生協や、早くに宅配サービスを導入した三重県のスーパーサンシは「宅配からの派生型」だ。
このように分類すると、ネットスーパーがいかにもすっきりと棲み分けながら成長してきたように見えるかもしれない。だが、実態はその逆だ。ネットスーパーの歴史は、コストを抑え、効率を上げ、顧客の信頼を獲得するために試行錯誤を重ねてきた歴史である。
時をさかのぼれば、国内第一号のネットスーパーは00年の西友阿佐ヶ谷店。ベンチャー系企業のココデスが開発したシステムを導入してのスタートだった。以後、いくつもの企業が「ネットスーパーに勝機あり」と参入を果たす。だが、文具宅配のアスクルや酒類宅配のカクヤスといったネット通販が大成功をおさめているのに、食品を総合的に売るネットスーパーは「ブレークする」と言われながらも、パッとしないまま。そんなマーケットが動き始めた。
ココデスを立ち上げ、西友のネットスーパー事業に立ち会い、ネットスーパーの原型を世に送り出したネッツ・パートナーズの前代表・森肇は断言する。
「市場に追い風が吹いている。とりわけ大きいのはイトーヨーカ堂の登場です。いま、続々とネットスーパーが誕生しているのは、イトーヨーカ堂が乗り出してきたからですよ」(文中敬称略)
※すべて雑誌掲載当時