“基準値超え”の男性も軍隊へ

ウクライナ侵攻が始まって以来、初めて行われた今年9月の下院(国家院)選挙。戦端が開かれて4年半、50万人とも言われる死者を積み上げながらも、国内にアピールできるような戦果は今に至るまで得られていない。しかし、プーチン大統領の北方領土・択捉島への上陸による「戦勝国アピール」や、反体制野党の排除など、あの手この手を尽くした甲斐あってか、蓋を開けてみれば政権与党の空前の「圧勝」となった。のみならず、当選した帰還兵は計46人、全議員の1割以上を占めるに至ったのは、祖国のために戦った者に社会的地位を与えて侵攻を正当化したい政権の思惑と、軍を盲目的に称える世間の空気がなせる合わせ技と言えよう。

ロシアのプーチン大統領=2026年9月13日、インド・ニューデリー
写真提供=タス通信/共同通信社
ロシアのプーチン大統領=2026年9月13日、インド・ニューデリー

ところでロシアには、いつまで戦争を続ける体力があるのか。7月末から8月初頭にかけては、北朝鮮による5万人の追加派兵や、下院選挙後の最大50万人規模の再動員の可能性に関するゼレンスキー大統領の警告が注目を集めた。情報戦の要素もあり割り引いて考えねばならないが、ロシア軍が兵員不足に陥っているのは確かだろう。

2022年9月以来、ロシアの公式発表で戦死者数への言及は確認されていない。2025年4月を最後に人口統計の月次公表が中止されたのも、「特別軍事作戦」による本当の死者数が社会的に許容されない可能性や、戦争遂行能力の露見に対する危機感の表れといえる。

その一方で、ロシアは昨年から戦力維持に向けた布石を着実に打ってきた。それが「ロシア軍の健康診断基準の改正」だ。これまでは対象外だった、健康状態が芳しくない成人男性も新戦力として徴兵/入隊の対象になる。戦時下のロシアでは、今何が起きているのか。ロシア駐在経験がある元外交官の現役医師が、ロシアが企図する継戦能力確保の実態を紐解く。

「診断書で徴兵逃れ」の指南が飛び交う中…

ロシア軍の健康診断基準は当のロシア人にも難解なようで、インターネットにはどうやって徴兵を免れるかの情報が渦巻き、既往症の診断書の取り方に関する助言や、徴兵事務所との交渉代行で喰っている弁護士も多いようである。“ひとたび征途に祖国の召命あらば、故郷がため、我らみな聖戦に赴かん”の歌詞に心酔しておきながら、いざ自分ごとになると、必死に逃げ道を探そうとするのが人情のようだ。

1998年3月28日連邦法律第53号「軍事上の義務および軍務について(以下、法と略記)」第2条第2項によれば、ロシア軍の人的供給源には、徴募と契約(志願)の2つがある。いずれの場合も、健康診断を通じてふるいにかけることは、兵士の壮健性を担保し、真に戦える部隊を編成する上で重要である。その手続きや健康診断基準は、2013年7月4日ロシア政府令第565号により承認された「軍事医療検査に関する規程(以下、規程と略記)」が詳細に定めている。制定以来、この規程は毎年大なり小なりの改正を経て今に至っている。