「リニアと東海道新幹線は乗客を食い合う」
リニアが難しい3つ目の理由に、「乗客の抵抗感」を挙げている。
ルートの約86%がトンネルで車窓の景色は期待できないリニアについて、大前氏は「万一、岩盤の厚さ最大1400メートルのトンネル内で列車が止まったらと想像するだけで、生きた心地がしない乗客もいる」と指摘。最初は物珍しさで人気があってもリピーターは少なく、乗客がわざわざリニアを選ぶとは思えないという。
その上で、大前氏は「(名古屋までの)開通に漕ぎつけてもリニアで11兆円を回収するのは難しい。東海道新幹線と乗客を分け合うだけで、新たな需要はさほど生まれない。JR東海全体の経営も揺らぐのではないか」と指摘している。
これら3つの理由を基に、大前氏は「今すぐ計画は断念し、機が熟すのを待つことが最適な戦略である。傷を少しでも浅くするために、経営陣には英断を期待したい」などとリニアからの一時撤退を奨めている。
リニアは「中断しても100点満点」だったが…
筆者は、1つ目の失敗する理由に挙げた「南アルプスルート」の選択について、これまで長い間、南アルプスに関するリニア問題を取材してきたこともあり、大前氏の炯眼ぶりに敬意を表したい。
大前氏の指摘する3つの理由はすべて納得できるから、もしJR東海がリニアからの一時撤退を検討していたとしても全く驚くことはない。となると、大前氏が訴えるように傷を少しでも浅くするために、JR東海はリニアからの一時撤退をすべきなのか?
しかし、一時撤退はいまやできない相談であり、ほぼ不可能とも言える。
その大きな理由は、大前氏が指摘した3兆円の財政投融資の貸付をJR東海が受けたことにある。
JR東海は2010年当時の計画段階では、工事費の増大など何かあれば、リニア工事の一時中断を考えていた。
リニア計画を主導したJR東海名誉会長だった葛西敬之氏(故人)は、自著『飛躍への挑戦』(ワック)で、「金利、物価、人件費、建設工事の難易度などすべてが未知数であり、完成時期もまた変数である」として、リニア工事は「予定どおり完成すれば、200点満点、中断することがあっても100点満点と考えて進めるべき」と書いている。
つまり、リニア建設のリスク要因である「建設資材の高騰等による工事費の増大」「難工事等による工事遅延・完成時期の遅れ」「金利上昇」「社会全体の物価上昇」などがあれば、リニア工事を一時中断して、「ドル箱」の東海道新幹線で収入増を図り、その後リニア工事を再開するとして、開業時期の2027年の延期を視野に入れていたのである。
それで、「中断があっても100点満点」(葛西氏)となるのだ。
