一方、江戸時代中期に尾張藩主だった徳川宗春は民の心を読み、景気対策に力を入れた。宗春は江戸で吉宗が勤倹節約の「享保の改革」を推進している最中に「ゆきすぎた倹約はかえって庶民を苦しめる。人々の欲望を開放し、発散するために消費購買力を高めなければ経済は活性化しない」と考えて、地元名古屋に芝居小屋や遊郭を置いた。宗春の取り組みは現名古屋経済の礎になっているという説もある。

宗春は政府がどんどん富を放出し、人工的なインフレを起こして物価を上げ、景気を盛り上げるべきだと、ケインズの経済学理論にも通じる説を実践した。しかし宗春の政策はよい部分もあった半面、増税を行わなかったため、藩政府の財源の確保で行き詰まってしまった。

(中島 恵=構成)