スローガンは「アラブ人追放」

さて、2008年のイスラエル政界は、ハマス問題以外にもカディマの党首で首相のエフード・オルメルト首相に領収書の二重計上容疑などで捜査の手が迫ります。同年7月30日、オルメルトが辞意を表明。

9月17日の党首選ではツィッピー・リヴニ外相が後継党首に当選したものの、リヴニは首相交代に伴う連立交渉で宗教政党・シャスと聖地エルサレムの帰属をめぐって合意できず、同年10月26日に交渉は決裂します。その結果、国会は解散され、総選挙は2009年2月に前倒しで実施されることになりました。

カディマを中心とする中道左派連立政権が機能不全に陥り、ハマスとの停戦も有名無実化する中で、ハティクヴァは、「アラブ人のトランスファー(追放)」こそが「唯一の平和解決策」と主張し、他の極右・宗教政党(モレデト、テクマ、エレツ・イスラエル・シェラヌなど)を取り込み「国家統一党」として連合を結成します。

なお、この連合は1999年のモレデト・テクマ・ヘルト連合と同じ名前ですが、参加政党がまったく異なっているため、まったくの別物です。このため、本稿の記述では、以下、単に「国家統一党」と書く場合は、2009年の選挙の際の極右連合としての「国家統一党」のことを指していますので、ご注意ください。

パレスチナを憎む「2つの極右」の正体

2009年選挙に向けた国家統一党において、ハティクヴァと並んで注目すべき存在が、2008年11月11日に結成された「エレツ・イスラエル・シェラヌ(“我がイスラエルの地”の意)」です。

エレツ・イスラエル・シェラヌは、ラビ・シャロム・ドヴ・ウォルポが創設した組織ですが、最も知名度が高いのは、元カハ党員でカハネから直接の薫陶を受けたミハエル・ベン=アリです。大イスラエル主義を掲げる極右政党の中でも、エジプトとの和平でイスラエルが放棄したシナイ半島の再占領を目指しており、ヨルダン川西岸地区の全域がイスラエル領である(=オスロ合意とパレスチナ自治政府の存在を全面的に否定)と主張しています。

選挙を前にハティクヴァと連合を組んだエレツ・イスラエル・シェラヌですが、両者の背景には明確な差異があります。

すなわち、ハティクヴァの党首であるエルダドは、医師にして世俗派ナショナリストで、宗教的な理由ではなく、歴史的・治安的な観点から「一歩も退かない“大イスラエル”」を主張しています。

また、カハネが唱えた「トランスファー(アラブ人追放)」を、「パレスチナ人はヨルダン国民である(=ヨルダンがパレスチナ人の国家である)」という論理に置き換え、国際政治的な文脈で自らの主張を正当化しようとしています。

これに対して、エレツ・イスラエル・シェラヌのベン=アリは、メイル・カハネの直弟子としてカハネの教えを忠実に守るハラハー重視の立場で、「土地の所有権は神との契約に基づくものであり、異教徒との共存は本質的に不可能である」という、より過激で宗教的な言葉を好んでいます。

ミハエル・ベン=アリ
ミハエル・ベン=アリ(画像=Ehud Amiton/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons