スローガンは「アラブ人追放」

さて、2008年のイスラエル政界は、ハマス問題以外にもカディマの党首で首相のエフード・オルメルト首相に領収書の二重計上容疑などで捜査の手が迫ります。同年7月30日、オルメルトが辞意を表明。

9月17日の党首選ではツィッピー・リヴニ外相が後継党首に当選したものの、リヴニは首相交代に伴う連立交渉で宗教政党・シャスと聖地エルサレムの帰属をめぐって合意できず、同年10月26日に交渉は決裂します。その結果、国会は解散され、総選挙は2009年2月に前倒しで実施されることになりました。

カディマを中心とする中道左派連立政権が機能不全に陥り、ハマスとの停戦も有名無実化する中で、ハティクヴァは、「アラブ人のトランスファー(追放)」こそが「唯一の平和解決策」と主張し、他の極右・宗教政党(モレデト、テクマ、エレツ・イスラエル・シェラヌなど)を取り込み「国家統一党」として連合を結成します。