無収入生活がくれたごほうび

バッタ博士のブログ「砂漠のリアルムシキング」 http://d.hatena.ne.jp/otokomaeno/

【前野】4月にいちど帰ってきたときにいっぱいプレゼンをやって、多くの人と会って、身体もくたびれて。なんかこう……自分を面白がって、利用したいというか、そういう人たちがいっぱい来て。そういう人たちからのメールって無礼というか、バカにしてるというか「俺が取材してやるから、お前時間空けろ」みたいな。自分もブログでああいうバカなことしてるから、そう思われても当然なのかもしれないけど、雑な扱いをされているというか、研究者として見られてないんだなと……。

――こういう質問をしましょう。コミックバンドとしてデビューして、アニメの主題歌とか歌って人気が出たバンドがあるとします。セカンドアルバムも同じ路線でヒットしました。でもほんとうはシブいロックがやりたかった。サードアルバムでそれをやったところ、今までのファンがこう言うわけです。「そんなの、ぼくらの好きなバッタ博士じゃない」「定期収入を得て真面目に研究をしているバッタ博士は、もう俺たちのバッタ博士じゃない。面白くなくなった。裏切られた」と。無収入だから、アフリカだから、面白いプレゼンをするから、ブログに変なことを書くから応援していたのに、と。じっさい、今日までの間に博士を世に認知させてきた要素として、それらが大きかったことは事実だと思いますが。

【前野】ああ……。そこは、ひとつ考えていることがあって。白眉に応募するときの申請書に書いたんです。読みます。

《私は昆虫学者のファーブルに憧れて研究者の道に進みました。彼のように自分で知りたいと思ったことを物やテクニックに捕らわれず、工夫をして自分で知れる研究者を目指しています。また研究成果だけではなく、研究の「過程」や研究者の「生態」などこれまであまり表に出なかったところも国民に魅せることで、老若男女問わず皆を楽しませる研究者になりたいと考えています。そういったことを通じて「こんな研究者は見たことがない」と常に人を驚かすことができ、「前野しかいない」「前野がいて良かった」と思われるような研究者像を追い求めています》

自分は、研究内容とエンターテインメントを組み合わせていきたいんです。自分の手元には、論文になっていないデータがものすごくたまっていて、これからはそれを論文にしていきたいんです。ここまでちょっと研究のほうがおろそかになっているので、これまでの3年間を、ここからの1年2年で論文にしていくと、バランスが良くなる。でも、これまでの3年をまとめるのに1~2年かかる。この3年、ブログを見て自分を応援してくれたみんなには「ごめん、まとめるからちょっと待って」と。自分、白眉に受かったあとブログの更新頻度も激減してるんですけど、モーリタニアでバッタが大発生していて、そういうときにブログを書く時間はちょっと取れない。写真とか記録はたくさん撮っているので、そういうものを落ちついたら本にして、みんなに楽しんでもらえればと思っています。「あいつ、もうつまんねえ」と離れていく人もいるのかもしれないけれど、きちっと説明すれば、きっとみんなわかってくれると思います。バカなことをするだけでなくて、研究者としてやっているということを見せていかないと、ただのタレントとして終わってしまう。ほかの研究者にも迷惑をかけてしまう。きちっとやることをやれば、「おお、あいつ研究もすごいし、面白い」と言ってもらえる。ちびっこたちにも「研究者、すげえ。楽しそう」と思ってもらえる。

――おカネがないという体験をしたことで、この先、定期収入を得てからも役に立ちそうなことは何ですか。

【前野】無収入のときに「ああ、自分はそこまでしてバッタの研究がやりたいのか」と確信できたことです。不幸な目に遭えば何かを恨んだりするのかもしれないけれど、出てきたことばは「ドンマイ」だけだった。そこまでバッタの研究が好きなんだから、自分の好きなようにやればいい、と思うことができました。胸張って「無収入です」と言えたのは、それがあったからです。それが無収入が自分にくれたごほうびです。