「教科書の3ページしか終わっていない」

〈フィリップ・トルシエ監督〉(1998‐2002)

日本サッカー協会はアーセナルを率いていたアーセン・ベンゲル監督の推薦を受け、2002年日韓W杯に向けてフランス人のフィリップ・トルシエ監督にチーム強化を託します。

トルシエが導入したのは「フラット3」でした。

フラット3とは、3バックのDFラインを果敢に上げてオフサイドを取る守備法で、世界的に見ても勇敢な戦術でした。

相手がバックパスをしたらラインを上げる、3バックが鎖のように連動して動く、といったルールをときに選手を挑発しながら落とし込んでいきます。

トルシエが繰り返し語っていた「500ページある教科書の3ページしか終わっていない」という言葉はやや大袈裟ですが、ヨーロッパでスタンダードになっていた守備の原則を日本にもたらす伝道師の役割を担いました。

2002年W杯で日本はホームの大声援を受け、史上初のベスト16進出を果たしました。

自主性に任せたジーコ監督の失敗

〈ジーコ監督〉(2002‐2006)

トルシエ時代に選手がルールに縛られて発想が制限された反省を受け、ブラジルのレジェンド、ジーコ監督に白羽の矢が立ちました。

ジーコはブラジル人らしく、組織のバランスよりもスター選手がなるべく多くピッチに立つことを優先してファンを魅了します。練習をほぼすべて公開にし、日本代表の人気アップに計り知れない貢献をしました。

サッカーワールドカップ(2006FIFAワールドカップ)日本代表チームのジーコ監督と宮本恒靖選手
サッカーワールドカップ(2006FIFAワールドカップ)日本代表チームのジーコ監督と宮本恒靖選手=平成18年5月16日、総理大臣官邸(写真=内閣官房内閣広報室/CC BY 4.0/Wikimedia Commons

しかし、決まり事をつくらず、選手の自主性に任せるマネジメントは大失敗に終わります。選手同士で話し合って細部をつめようとしたところ、意見がまとまらず、チームに亀裂が走ってしまったのです。

戦術的に上積みがほぼなかった4年間で、日本は中田英寿選手や小野伸二選手ら黄金世代を擁しながら2006年ドイツW杯で1勝もあげられずにグループリーグで敗退しました(図表2)。