夫の弥助は馬を扱う小者だったか

一方、福田千鶴氏(九州大学教授)は、弥助は綱差つなさしという鳥を飼い慣らして準備しておく職業についていたのではと書いています。鷹狩りの際に獲物となるきじなどの鳥を飼い慣らすことを生業にしており、農業に従事していた可能性にも言及しています(しかし、農業の専従者ではなかった)。

『祖父物語』では織田信長に仕官していた秀吉が弥助から馬を借りた、との逸話が収録されています。秀吉は信長から「来年、美濃国(現在の岐阜県)に攻め入るので、一門の者から馬を借りよ」と命じられたのでした。

そこで秀吉が頼ったのが姉(智)の夫であった弥助だったのです。秀吉は義兄の弥助のもとを訪ね、栗毛(明るい黄褐色)の雑役馬(雑用に使われた馬)を借りることにします。ところがその馬には、鞍はあるものの、あぶみ(乗馬の際、足を掛ける馬具)が片方しかありませんでした。よってもう片方を細引き綱で急ごしらえしたのです。秀吉には供に連れていく従者もおりません。よって弥助が供として付いていくことになった。しかも弥助は単に付いていったわけではなく、「乱妨取り」(略奪行為)をしながら付いていったということです。