夏休み中も数人の3年生が自習していた(写真上)。「上履きはボロボロになっても3年間履き続けたら現役合格」。熊高にはそんなジンクスがある。

「現在もエイズ研究などで優れた研究実績がある熊医は、熊大の中核学部です。研究医を目指すならば九大医学部という選択もありますが、臨床医なら九州ナンバー2の熊医で、まったく不足はありません。熊本で医師になる上では、熊高=熊医ネットワークが陰に陽に持つ力にも大きな意味があります」(木庭塾長)

現在、熊医6年の石黒久恵さんも、熊高卒業後、壺溪塾での2浪を経て熊医に進んだ。両親は普通の会社員だが、幼い頃、体が弱かった石黒さんは、病院で見る医師の姿に憧れて、医師を目指して熊高に入学した。

高校時代の成績は「真ん中ぐらい」。医学部は上位50番以内でないと難しいと言われたが、「性格が頑固だからかもしれませんが、自分が熊医以外で勉強している姿を想像できませんでした。2度目の受験ではレベルを下げてもよかったのですが、両親も応援してくれたので熊医にこだわりました。周りに熊医志望者が多かったのも支えになったと思います」と話す。

国家試験合格後は、研修先も勤務先も熊本がいいという石黒さん。理由を尋ねると、「水がきれいな熊本で育ったので、県外へ旅行に行くと髪と肌がぱさぱさになっちゃうんです」と、いかにも女子大生らしい答えが返ってきた。

「臨床実習は福岡県でしたが、空気も水も合いませんでした(笑)。県外出身の同級生の中にも『熊本から離れたくない』という人が多いんです」(石黒さん)

こうした“地元愛”が、特に熊医受験での熊高の強さの底流にあるようだ。加えて、近年薄れつつある公立伝統校の古き良き校風の中で培われた、生徒たちの自主性が重要な意味を持っている。

「勉強を『やらされている』生徒は、どんな大学だろうが通じません。医学部に限らず、本校の生徒には自らの力で進路を切り開いていって欲しいですね」(光永教頭)

熊高にさえ入れれば……。都会の進学校で成績中位の子も、医学部進学の可能性は高まりそうだ。