皇室における男女平等に関する講義
その後、戦前においては、女性皇族が講書始に同席し、話を聞くこともあったようだ。戦後、昭和28(1953)年に講書始の儀が復活したときには、男女を問わず皇族が揃って出席することになった。
愛子内親王が講書始の儀に初めて出席したのは2024年である。実は、その翌年の25年には、皇室における男女平等に関して興味深い講義があった。それが、武田佐知子・大阪大学名誉教授による「古代の衣服と社会・国家・国際関係」という講義である。
武田氏は、そのなかで、奈良時代に東大寺の大仏開眼会が行われた際、そこに参列した聖武太上天皇、光明皇太后、そして彼らの娘である孝謙天皇が、性別を超えて同じ白の礼服に身を包んでいたことを指摘したのである。
その上で武田氏は、「天皇の冠である冕冠は、ひとり孝謙女帝の頭上にありました。古代に六人・八代の女性の天皇が現れたのは、この男女同形の礼服の存在が大きいと私は思っております」と述べていた。
武田氏の目の前には天皇と皇后がいて、その隣には愛子内親王もいた。それは、大仏開眼会が行われた752年の光景と重なる。もしかしたら武田氏も愛子天皇待望論の信奉者なのではないか。そんな想像をしてみたくなる場面であった。
男女1名ずつの皇族が参加する皇室会議
皇室において、もう一つ男女平等の考え方が打ち出されているのが、「皇室会議」においてである。
皇室会議は、皇位継承順位の変更や、皇族の結婚や皇室からの離脱など重要事項を審議、決定する国の機関である。首相が議長を務め、衆参両院の正副議長なども参加するが、そこには皇族2名も加わっている。
現在、皇族で議員になっているのは秋篠宮と常陸宮の華子妃である。予備議員もいて、それぞれ紀子妃と美智子上皇后である。議員は、成年皇族の互選で選ばれることになっており、すでに愛子内親王もその選挙に参加し、立会人も務めている。選挙権を持たない皇族としては、これが唯一の投票の機会になる。
女性皇族で議員の先鞭をつけたのが三笠宮の百合子妃で、平成3(1991)年から4期16年議員を務めている。それ以前にも、秩父宮の勢津子妃や高松宮の喜久子妃が予備議員を務めていた。現在では、男女1名ずつがすっかり定着している。
皇室会議の役割は限定的なもので、皇位継承の安定化や皇族数の確保といった、今議論になっている重大な問題を議論する場ではない。しかし、皇室会議の議員に女性が含まれていることには十分に意義がある。というのも、歴史を振り返ったとしても、皇室のあり方を議論する場面に女性が加わっていることは、これまでほとんどなかったからである。


