AIブームが煽った日本人の「相互不信」
同じく2016年ごろから、信じる相手は「推し」や「インフルエンサー」だけでよく、日常で対面する「隣の人なんて信用するな」と煽る風潮が拡大します。
「アスペ」や「ADHD」の語を急速に普及させた「発達障害ブーム」であり、人工知能が人間を超えると唱えるシンギュラリティ論がはやされた「AIブーム」です。海外ではバブルが弾けた後まで、日本人だけがこれらに延々と固執したのは、なぜか。
どちらも、インフルエンサーならぬ「ふつうの人は軽んじていい」、周りの人の気持ちなんて「気にするな」という発想を、秘かに肯定してくれたからでしょう。
発達障害の人は脳の認知機能の特性として、「他人の内面」を推測するのが苦手です。ところがADHD的な個性を持つ一部の成功者を持ち上げ、勝ち組なら「相手の気持ちを無視できるのがカッコいい」とほのめかす演出が流行しました。
仮説にすぎないシンギュラリティ論も、AIには勝てないから「人間が何をやっても無駄」として、他人の努力を笑うツールに使われました。
ひと握りの「天才」がインフルエンサーになり、その他大勢は黙って従えばいいとするのは権威主義の発想で、民主的な政治は営めません。しかしそんな民主主義に反する文化を、リベラル派も含めたメディアが広めた果てに、「ダメ押し」のコロナ禍がやって来ました。
「ウイルスをうつすなよ」と周囲を不信の目で眺め、ステイホームで「推し」が流す情報を信奉し、はては「AIに決定権を委ねて、ロックダウンを強制すればよかった」といった極論に飛びつく。このとき日本で、民主主義の文化は「死んだ」とさえ言えるでしょう。
支持者に「代わって」満足させる高市早苗
7割近い支持率が発足以来続く、高市早苗首相の人気は、そんな民主主義が「死んだ後」の政治の形に、すっぽりはまっているところから来ています。
引き止めに失敗した公明党の連立離脱、台湾有事をめぐるイレギュラーな発言、自民党にも根回しせずの大義なき唐突な解散。どれひとつとっても、従来の政治なら「リーダー失格」と呼ばれるところです。しかし、人気は下がらない。
なぜか。ステイホームのように官邸に引きこもって「ひとりで」決断し、連立相手や党内の後ろ盾を含めた「周りの気持ち」なんて気にしない。そんな首相を推すことで、「私にはできないけど、あの人にはできている」と満足する人が、今や多数派だからです。
『推し、燃ゆ』の主人公は、推しが不祥事で炎上する中でこそ、「私が推してあげねば!」と推し活にのめり込む。いまの野党への逆風も同じです。首相の解散が引き金を引いた中道改革連合の結成を、「推しをいじめるやつらが出てきて、ピンチになった!」と受けとめ、与党寄りになっている人は多いと思います。

