兄への憎悪・弟への敵意が悲劇へ

例えば信秀存命中の天文20(1551)年、熱田社(熱田神宮)の統治権の一部が、信長から信勝に移行したことを読み取れる文書が残っているという。当時、信秀と信勝は末森城(または末盛城/名古屋市千種区にあった)に一緒に住んでおり、意思疎通も円滑だったと考えられ、この権限移行は信秀の意向が働いていた可能性はある。

それでも天文21年3月に信秀が死去すると、既定通り信長が家督を相続した。19歳だった。

だが、父の葬儀でひと悶着起きる。