「彼が自ら豊臣を名乗ったことはない」とも、秀長、あさひ…秀吉の“きょうだい関係”

続いて秀吉の兄弟姉妹の話をしよう。 

秀吉に姉と弟と妹が一人ずついたことは、一次史料によって確認されており、動かせない事実だ。姉は一般的に「智、とも」と呼ばれているが、後世の編纂物によるもので本当の名はわからない。法号は瑞龍寺殿日秀だが、人間らしく思えないので、以後は智と呼ぶことにしたい。確かな生年は不明だが、巷説(こうせつ)では天文3年(153四)。つまり、秀吉より3歳年上だとされる。

続いては弟。豊臣秀長(ひでなが)という名が一般的に知られているが、彼が自ら豊臣を名乗ったことはなく、羽柴大和守(はしばやまとのかみ)秀長というのが正しい。幼い頃は小竹(こちく)と呼ばれ、兄と同じく織田信長に仕えるようになると、小一郎(こいちろう)と称した。実名は「秀長」であるのは間違いないが、その名を称するのは亡くなる7年前の天正12年(1584)から。

(河合 敦/Webオリジナル(外部転載))
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