尼には500の禁忌が課せられた

善信尼・禅蔵尼・恵善尼の3者同時出家は、「尼僧サンガ(集団)」の出現でもあった。それは、後の国分尼寺や尼僧の庵など、女性僧侶のためだけの宗教的アジール(聖域)の出現につながっていく。これが、後に男性僧侶の世界から隔絶し、男性優位の仏教が形成されることにつながった側面もありそうだ。

奈良時代、国分寺と国分尼寺が並列してつくられる。一見それは、国家が男女平等の扱いをしているように見える。だが、実際には格差が生じていた。

比丘(男性出家者)は250の戒を守るだけでよかったが、比丘尼(女性出家者)は最大500もの戒を守る必要があった(発足当初は348戒であったが、後に500戒まで増加)。比丘尼戒が多く設定されたのは、男性との接触、肌の露出を防ぐための衣服の規定、外出の制限、八敬法はっきょうほうによる男性出家者への敬いなどの項目が設けられていたからである。