信長は「はげねずみ」とも呼んだ

なかには、猿とは異なる動物で秀吉の容貌を例える人物がいた。それが、豊臣兄弟が仕えることになる信長である。信長は秀吉の妻・おねに朱印状を与えているが、その中で秀吉のことを「はげねずみ」(禿げ鼠)と形容しているのだ。おねへの書状の中ではげねずみと呼んでいるからといって、信長が秀吉のことを常にそう呼んでいたかは分からない。猿とはげねずみ、両方の呼び名を使っていた可能性もあるだろう。

狩野永徳画「織田信長の肖像」
狩野永徳画「織田信長の肖像」(写真=大徳寺蔵/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

天正5年(1577)3月15日付の信長黒印状(細川藤孝・丹羽長秀・滝川一益・明智光秀宛)には「猿帰候て」との文言があり、この猿は秀吉を指すとも言われている(猿とは密偵を指すとの説もあり)。いずれにしても、秀吉は猿や鼠など、動物に例えられるような容貌をしていたことは間違いないだろう。よって、面会した人々に強烈な印象を残したと思われる。

弟の秀長は厳格な性格に見える

では秀吉の弟・秀長の容貌はどうであろうか。秀長の肖像画として有名なものは、菩提寺・春岳院(大和郡山市)所蔵の「豊臣秀長公肖像画」(市指定文化財)であろう。