「警備保障」という言葉に学んだ“使命感”

一人目は、日本初の警備保障会社「セコム」を立ち上げた飯田亮さんである。1996年、飯田さんが63歳の頃のインタビューだが、その言葉が持つ迫力は圧倒的だ。

当時(1956年頃)、日本にはセキュリティー事業というのはなかった。だから、すべて自分でやり方を見つけ、自分の生き筋を見つけていかなければならなかった。すべて白紙からのスタートです。契約書を作るにも用語がなく、用語作りから始めました。

「警備保障」という言葉自体も、最初、電話帳で引きやすいように「夜警社」という名前を考えたんだけど、これじゃカッコ悪い。その頃、日米の安全保障が問題になっていたので、そうかわれわれは警備をして安全に責任をもつんだから、警備の下に保障をくっつけちゃえ、と。

言葉は大事だと思います。言葉をおろそかにしちゃいけない。保障とつけたからには、なんとしてもお客さんの安全を守らなければいけないという気概みたいなものが生まれてきましたからね。

その言葉はそのうちに当たり前の言葉になってきて、そういう気概も消えてしまうんだけど、その気概が消える頃にはちゃんと会社の態勢ができているんです。

経営者にとって重要な「不屈の精神」

飯田さんがセコムを創業したのは29歳の時のことだった。

社名を決める際の逸話もユニークだが、創業期には「3カ月分前金」という原則を打ち出し、それを貫いたというのも常識を超えた発想である。