国が窮地に陥る中で宰相に抜擢

最終的に宋は、「慶暦の和約(1044年)」と呼ばれる屈辱的な条件で西夏と和平を結ばされます。この戦いと講和にかかる軍事費・賠償金の莫大な支出は、最終的に農民や零細な商工業者への増税という形で転嫁されました。

その結果、宋は財政難に陥り、民衆の生活はひっ迫。社会不安が広がり、抜本的な改革が急務となったのです。

このような厳しい状況のもとで登場したのが、宰相・王安石でした。彼は、従来の秩序や特権に踏み込む大胆な「新法改革」に着手し、国家の立て直しを図っていくことになります。