「米国では入院患者の0.4%が医療事故で死亡している。日本の医療を米国と同レベルと想定すると、日本の年間入院患者は1200万人だから、うち0.4%、約4万8000人が医療事故で亡くなっていると推定される。ほとんど知られていませんが、交通事故死の約10倍で、自殺者(約3万人)よりも多いのです」――医師で医療ジャーナリストの富家孝氏はそう語る。
4万8000人といえば、日本人の死因の第5位に相当するが、医療事故情報を正確に公表している医療機関はほんの一握りと見られ、実態はベールに覆われたままだ。医療事故の多発に伴い、2012年には約800件の医療訴訟が起こされ、ここ数年、漸増している。
こうした状況を踏まえ、厚生労働省は08年以降、医療事故の調査制度(医療版事故調)の創設に向けた試案を何度か提案する一方、医療者、法律家、患者遺族などによる検討部会を開催してきたが、「医療事故に刑事罰を科すと、医療崩壊する」という意見が医療者から出され、それを巡る意見対立から議論は難航。今年5月末、「医療事故に係る調査の仕組み等に関する基本的なあり方」がようやくまとまり、いよいよ医療版事故調設立に向けた法案作りが本格化する。
だが「あり方」が示す医療版事故調像には「問題が多い」と富家氏。「医療行為で起きた事故に刑事罰を科すのはおかしい」というのが医療者の本音という。
「このため、事故調についても医療者側は“調査報告書が警察の捜査に使われたり通報されるなら協力しない”との立場。このため『あり方』では、事故調から警察に通報しないことなどが盛り込まれ、遺族は事故調に参加できない」(同)
厚労省関係者は「事故調の目的は事故の原因解明であり、医療者を罰するためではない。遺族など関係者全員が納得する案は作れない。とにかく組織をスタートさせ、問題があればその都度直していくしかない」と話すが、富家氏は「航空機事故でパイロットが刑事責任を問われるように、医療者が刑事責任を問われるのは『法の下の平等』上、当然。医師を特別視するのは憲法違反です」と強調する。医療版事故調が医療者の免責に使われることがあってはならない。