「読力」はあるのに「解」が抜け落ちている

表情や行動など表面的に見えているものからは、思考の内容は判別できません。子どもたちは小学校中学年になれば教科書は問題なく読めるようになります。

しかし、この「音韻符号化」は、「理解」を前提にしていません。あくまでも文字記号を音声記号に変換する作業に限定しています。

そして「音韻符号化はできているが、心内表象化ができていない」、という状態が生じるのです。